田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 石原慎太郎元東京都知事の記者会見は、石原氏の豊洲市場移転問題の「責任」の存否をめぐって激しい議論を引き起している。石原氏は記者会見で、「行政の責任は裁可した最高責任者」としての責任を認めつつも、同時に環境・安全面の判断をした専門委員会、副知事や様々な業務に携わった都官僚、そしてなによりも移転を議決した都議会にも責任があることを指摘した。また小池百合子都知事こそが、今日の豊洲移転問題の停滞の元凶であると指摘した。
記者会見に臨む石原慎太郎元都知事=3月3日、東京・内幸町の日本記者クラブ(松本健吾撮影
記者会見に臨む石原慎太郎元都知事=3月3日、東京・内幸町の日本記者クラブ(松本健吾撮影
 このような石原氏の記者会見での発言を、「石原氏は無責任である」というのは簡単である。特に大メディアやテレビのワイドショーなどでのコメンテーターの発言は、おおむね石原無責任論に傾斜しているようである。しかし記者会見の冒頭にもあるように、「行政の責任」は自身にあると明言している。ならばどの範囲までの「行政の責任」を負うのかという、客観的で実証的な議論になるはずだ。だが、メディアの報道はそうなっていない。むしろ石原氏をすべての問題の背後にいた巨悪のように扱う「空気」を生み出すことに終始している。

 最近のメディアの報道の特徴だが、なにか政治的な事件の裏側に、問題をすべて引き起こしているようなスーパー権力が存在すると読者や視聴者を煽る傾向がある。これは実体が伴わないときには、真に憂慮すべきことになる。もちろん政治的な腐敗や問題を引き起こす真の「権力者」がいる場合もあるだろう。だが、そのときにはその「権力者」が何らかの政治的・経済的利益を得ていることが前提である。つまり「権力者」は腐敗を引き起こす合理的な理由があるはずだ。

 石原氏は、豊洲移転を決めることで、何か政治的にも経済的にも利益を得ただろうか。筆者はこの点を考えたところ、その答えは前者については、鈴木俊一知事の時代に既定路線になっていた築地市場の移転を、豊洲に移すということを決定したリーダーシップで、世間から高評価の政治的価値を得ることであったと思う。後者の(石原氏が得た疑いのある金銭的見返りなどの)経済的価値の奪取については、筆者の知る範囲では“ない”。