談・三木哲男(「婦人公論」前編集長)
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三木哲男  1958年生まれ。東京学芸大学卒業。繊研新聞記者を経てフリーライターに。2000年に中央公論新社入社。06年から「婦人公論」編集長を務めた。現在は同社雑誌編集副主幹。
 
 男性の「想像力の欠如」「無関心を継続してきたこと」が女性を終活へと誘った。妻と一緒に墓に入りたいなら、今、男性がすべきこととは何か。

 かつて夫婦が離婚する1番の理由は、「浮気」だった。それが今や夫の「無関心」になった。「無関心」といえば、心当たりの多い男性が多いのではないか。

 例えば、もらったチケットや仕事の付き合いで、妻と一緒にコンサートなどに行く機会があったはず。準備をする妻に向かって「何をグズグズしているんだ。早くしろよ」などと言ってしまった、あるいは、苛立ちを覚えたことがあるという人は少なくないだろう。それこそ、妻への無関心なのだ。

 妻は、きっと着飾っていただろう。それは、一緒に出かけることが嬉しいからに他ならない。だが、妻に無関心な貴方はそれに気が付かないのだ。

 そんな時に、まさか「何でそんな派手な格好しているんだ!」などと言おうものなら、今度は貴方が「一緒に墓に入りたくない」と、妻から三行半を叩きつけられることになるだろう。

 妻が「離婚したい」、一緒に墓に入りたくないと言うまでには、妻のサインを見逃してきた、夫による無関心の蓄積がある。勘違いしてはいけないのが、妻は決して夫のことが嫌いなわけではない。しかし、言葉に出して褒めて欲しいし、自分に興味を持って欲しい。些細な無関心の蓄積が、妻に、「墓に入りたくない」と言わせるのだ。

 蓄積は妻の「ゴールデンタイム」から始まる。「ゴールデンタイム」とは45歳から55歳までを指す。この時期は、夫は管理職となり忙しいし、子どもは自立する。親の介護はまだ発生しておらず、子どもの自立で、パート等の給料を自分に回せる金銭的余裕もある。妻は、時間的、精神的、金銭的余裕を持つことになる。しかし、妻にせっかく余裕ができても、妻のことを見ず、褒めず、挙句の果てには家政婦のように扱ってきた人も多いのではないか。

男よりも老いや死をリアルに感じる女


 夫が自分に接してこない結果、妻は、家族だけでなく、年長者を含めた多くのコミュニティで、コミュニケーションを取り、「死」についてのナマの情報を得る。この情報が、妻が終活にハマるきっかけになった。

 その後も無関心が原因の男女乖離は続く。「ゴールデンタイム」のあと、女性は、早ければ40代から、親、特に母親の介護と向き合ってきた。だから、老いや死をリアルに感じる。

 介護をしていた女性たちがショックに感じるのは、身の回りを片付けられていなかった母親の姿。それを見て、自分が死ぬときは、片付けておこうと思うようになる。

 読者がいま60代で、妻への無関心を続けてきたのであれば、今更後悔しても遅いかもしれない。定年を迎え、会社というコミュニティを失った男性の回りには、一緒に過ごす人はほとんどいない。そこで、「家族や妻と過ごすぞ」と思っても、無関心の蓄積から、家族も妻も横にはいないかもしれない。終活へ女性がハマる姿は、日本の夫婦間の問題を投影しているとも言える。

 ではこれから読者がどう過ごすべきか。簡単な事だ。妻に関心を持って接しよう。今日からでも妻に声をかけ、スキンシップを図ろう。別に言葉に心から感情を込める必要もないし、セックスが成立する必要もない。何気ない一言や触れ合いが、凝り固まった妻の心を溶かし、終末に向けた人生を一緒に過ごすきっかけとなるだろう。

(文・Wedge編集部)