重村智計(早稲田大学名誉教授)

 韓国の憲法裁判所が、朴槿恵大統領の弾劾を妥当とする認定を言い渡した。裁判官8人全員の合意である。革新左派勢力と保守勢力は、憲法裁判所の法律判断に圧力をかけようと、それぞれ大規模な集会やデモを連日実施した。弾劾認定を受け入れないデモや集会は今も続く。韓国の民主主義は危機に瀕している。
韓国憲法裁判所で開かれた朴槿恵大統領の弾劾訴追について、決定を言い渡す李貞美裁判官=3月10日、ソウル(共同)
韓国憲法裁判所で開かれた朴槿恵大統領の弾劾訴追について、決定を言い渡す李貞美裁判官=3月10日、ソウル(共同)
 弾劾認定は隣国裁判所の判断であり、日本人が内政干渉して、あれこれ言うべきではないだろう。ただ、決定の結果予想される今後の日韓関係について、日本が関心を示すのは許される。

 また、韓国憲政史上初の罷免という重大な案件で、少数意見を示す裁判官が全くいなかった事実は、日本の法律家からもかなりの関心を呼ぶことになるだろう。今回の決定は、韓国の裁判官が世論の圧力に「弱い」との印象を残した、と言っても過言ではない。というのは、日本では政府と世論の圧力に屈せず、「司法の独立」を維持した裁判官が明治時代に既に存在したからだ。そう、児島惟謙である。韓国政治を揺るがした一連の経緯を振り返ってみると、韓国には児島はいなかったのだろうか、と改めて思う。

 児島惟謙は、朝鮮王朝末期であった120年以上前の、明治政府の大審院長(今の最高裁長官)である。明治24(1891)年5月 11日、来日したロシア皇太子ニコライ・アレクサンドロビッチが、滋賀県大津で巡査の津田三蔵に斬られ負傷した事件が起きた。いわゆる大津事件である。当時、政府も世論もロシアの報復を恐れ、津田三蔵の死刑判決を求めたが、児島は「司法の独立」を主張し、最後まで求めに応じなかった。判決は無期懲役。児島の行動に批判的な主張もあるが、今では評価する声の方が高い。

 こうした視点から、アジアにおける司法の独立と民主主義、法治主義と人権問題の視点から、韓国における民主主義と憲法裁判所の決定を考えるのは、許されるだろう。

 憲法裁判所の李貞美裁判長は「主文、大統領朴槿恵を罷免する」と言い渡した。1987年の民主化によって設置された憲法裁判所は、国会が可決した「弾劾決議」が妥当かどうかを審議する機関で、なぜ「罷免する」と言い渡せたのか。三権分立の権限分担はどうなっているのか、やや違和感を覚えたのは私一人だけだろうか。

 憲法と法律は、何のためにあるのか。アメリカの大学では「民主主義のため」と教える。日本の法学部では、必ずしも「民主主義のため」とは教えなかった。「権力者への牽制、權力濫用防止」や「国民の権利擁護」とは教えた。その一方で、統治の手段や秩序の維持との主張もあった。韓国では、どう教えるのだろうか。

 憲法裁判所の公判と決定過程を分析すると、「世論尊重」「韓国的民主主義」と思えないこともない。韓国では、かつて朴正煕時代に「独裁」を批判され「韓国的民主主義」を主張した。国際的に高い評価を受けたシンガポールのリー・クアンユー首相も「アジア的文化」に触れ、民主主義を抑圧した。