豊洲市場移転の土地取得交渉にあたった浜渦武生・元東京都副知事。国有地払い下げ問題に絡む「森友学園」問題で、理事長夫妻の陳情を受けていた鴻池祥肇・元防災相。そして7月の都知事選で日本の政治の常識を一変させるかもしれない小池百合子・都知事。この3人を結びつけている人物こそ小池氏の亡父・勇二郎氏だ。
2005年6月、東京都議会が始まる前に談笑する(左から)東京都の石原慎太郎知事、福永正通副知事、浜渦武生副知事
2005年6月、東京都議会が始まる前に談笑する(左から)東京都の石原慎太郎知事、福永正通副知事、浜渦武生副知事
 大正11年生まれの勇二郎氏は政治好きで、青年作家の石原慎太郎氏が1968年の参院選全国区に出馬すると、石原氏の政治団体「日本の新しい世代の会」の関西地区の選挙責任者となり、過去最高の301万票で当選させた。

 そして翌1969年の総選挙に勇二郎氏は自ら旧兵庫2区から出馬する。だが、自民党の公認は得られず、「新しい世代の会」を看板に無所属での立候補だった。この勇二郎氏の「最初で最後の選挙」を手伝ったのが、鴻池氏と浜渦氏だった。

 勇二郎氏が応援した石原氏と書生の浜渦氏、鴻池氏の3人と娘・百合子氏との因縁はここから始まる。

 アラビア語の通訳からテレビキャスターとなっていた百合子氏は、1992年の参院選に細川護煕氏の日本新党から出馬して政界デビューすると、翌1993年の総選挙で衆院選に鞍替えする。このとき、百合子氏が選んだ選挙区は父が敗れた旧兵庫2区だった。しかし、この選挙区にはすでに自民党の鴻池氏が議席を持っていた。

 旧兵庫2区は定数5の中選挙区。勇二郎氏から見れば“骨肉の争い”の選挙戦は明暗を分けた。日本新党ブームに乗った百合子氏が土井たか子・社会党党首に次ぐ2位で当選したのに対し、逆風の自民党候補の鴻池氏は次点に泣いた。百合子氏は「父の雪辱」を果たしたが、鴻池氏にすれば議席を奪われたのである。運命の悪戯という他はない。

 豊洲問題をめぐる「百合子vs慎太郎」バトルにも、勇二郎氏の存在が関わっている。

「あなたのお父さんにはいろいろ世話になったから、恩返しをしたい。選挙の面倒は見るから、東京都知事選に出ないか」

 百合子氏側近によると、石原氏が勇二郎氏の恩をあげて知事選出馬を打診してきたのは、猪瀬直樹・元都知事の辞任で出直し選挙となった2014年都知事選の時だったという。この時は断わったが、昨年7月の都知事選に「東京都連はブラックボックス」と批判して出馬し、選挙戦で石原氏からの出馬打診があったエピソードを明かした。

 ところが石原氏から飛び出したのは、「あの人は嘘つき」「厚化粧の大年増」発言であり、皮肉なことにこの発言が都知事選圧勝を決定づけた。

 そこから、百合子氏は豊洲市場問題で石原氏の責任追及に動き、百条委員会での証人喚問が決まった石原氏も「知事に法的手続きを取る」と泥仕合に発展している。

 果たして出馬打診の真相はどうだったのか。2人を最も知る浜渦氏が決定的証言をしている。

「実を言うと、舛添(要一)さんが都知事になる前、石原さんは小池さんに『やる気ないか』と尋ねたというようなことも言っていたね」(週刊朝日2016年10月28日号)

 出馬打診はあったというのである。だとすれば、石原氏の勇二郎氏への「恩返し」のはずが逆に仇となってしまった。

 その浜渦氏も百合子氏の豊洲問題追及の流れでキーマンとして都議会の百条委員会で“被告席”に立たされ、個人的にも、2人は都知事選の応援を“頼まれた”“頼んでいない”の論争を展開している。

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