美学の問題


 会場の雰囲気、記者達の質問、そしてスタジオに戻った後のコメンテーター達の発言が一様に求めていたのは、「責任」の二文字を石原氏と結びつけること。それは、報道ではなくて、魔女狩りです。瑕疵担保責任というマジックワードに焦点を当てて、それを知っていたか否かの一点に論点を絞り込む。科学的な知見を要する大組織の決断がいかに行われるかという石原氏の発言については、聞いていないのか理解できないのか。

 会見で争われたのが、美学の問題であったということはあります。石原氏は、スター作家の出身で、国民的な英雄のお兄さん。無頼派のデカダンな態度に、世間の政治家とは異なる美学が感じられて支持されてきた人です。石原氏の外国人差別的で、女性蔑視の言動について「あの世代の保守的な男性だから」と言って免責する気にはさらさらなれないけれど、氏のビジョンと魅力を多くの人が支持してきたということでしょう。

 美学の石原さんであるからこそ、日本的な模範回答は、「最終的な裁可は私が行った。当然全責任は私にある」と言って頭を下げること。マスコミの目的は、その絵姿をカメラに納めることであり、英雄が頭を下げたと囃したかったのでしょう。繰り返しますが、それは真相解明とは何の関係もない腹切りの美学でしかありません。

 石原氏の弁明で感じたのは「世間の空気」が作り出した、安っぽい善悪二元論の茶番に乗っかる気はないよということです。むしろ、最後まで反抗してやるぞと。人生を通じて反抗期であった元作家としての、それはそれとして、別の矜持であり、美学を感じた方も多かったろうと思います。