政治の問題


 本件も、最後は当然に政治の問題となります。今もって、豊洲問題が「におう」というのはわからないでもないからです。石原氏自身も、自分が話すと「困る人がいる」という趣旨の発言をしています。

 豊洲の土壌汚染対策が高騰した経緯は理解したいところです。安全が達成された後に「安心」の旗を振って不安を煽ったのは誰か。豊洲の建物の工事が高騰した経緯は何か。築地の跡地利用がどのようになされようとしているのか、等々。そのあたりにこそ、都政を浄化する論点があるように思います。

2016年7月26日、都知事選候補の増田寛也氏(右)の応援に駆けつけた石原慎太郎氏=東京・永田町の自民党本部(斎藤良雄撮影)
2016年7月26日、都知事選候補の増田寛也氏(右)の応援に駆けつけた石原慎太郎氏=東京・永田町の自民党本部(斎藤良雄撮影) マスコミは、小池知事と石原家の因縁の対決構図を作ろうとしています。週刊誌的な関心としてそこに面白さがあるのはそうでしょう。都知事選中の慎太郎氏の女性蔑視の発言は醜かったし、都連会長の伸晃氏が桜井パパから増田氏まで官僚上がりの実務家っぽい人を次から次へと担ごうとした経緯は滑稽でした。政治には復讐という人間的な要素があるのは否定できませんから、それはそれでやればいい。

 御年84歳、足腰は衰えていても頭脳はしっかりしていた。かつてほどの攻撃力は発揮されなかったけれど、腹切りを求める「世間の空気」を十分に理解した上で、会見に臨んだ石原氏は、私にはまっとうに見えました。

 その、石原氏がもっとも強調したのは、小池知事の不作為の責任です。使う見込みのない地下水の汚染レベルについて喧伝するのは的外れではないかと。現代の政治が迫られる科学的な決断について、どこまで「安心」の論理を引っ張るのか。日々、積み上がっていく判断延期のコストにどのように落とし前をつけるのか。

 築地に関する客観的な事実がきちんと出てくれば、世論における豊洲移転派と築地残留派は拮抗するでしょう。都議選までは、自陣営が割れるような論点を作り出したくないということかもしれないけれど、リーダーの資質というのは困難な局面においてこそ発揮されます。晴れた日の友も、晴れた日のリーダーも役に立たないものです。

 政治的嗅覚に優れた小池知事のこと、「世間の空気」の潮目の変化を嗅ぎ取っているのではないでしょうか。
(ブログ「山猫日記」より2017年3月4日分を転載)