私は常に「闇に棲むものは光を照射すると力を失う」と言ってきましたけど、まさに内田氏は「都議会のドン」として白日にさらされ、確かに力を失ってきている。ただ、本当の意味で光が当たっているとはまだ言えないんです。

 こういった内田氏のことを問題にせず、築地市場の豊洲移転を決めた当時の知事として、石原さんが百条委員会の証人喚問に出頭することになった。土壌汚染や東京ガスの瑕疵担保責任の問題がピンポイントで話題になっているけど、そもそも築地は耐震設計もできていない。また、老朽化やアスベストの問題もあり、施設として限界があったから豊洲移転が模索されたわけです。

「石原さんのように大胆なことを言ってしまうのが政治家として一つの面白さ」(瀧誠四郎撮影)
「石原さんのように大胆なことを言ってしまうのが政治家として一つの面白さ」(瀧誠四郎撮影)
 百条委員会に石原さんが呼ばれています。多少の問題はあっても、新しい事実は出てこないでしょう。

 確かに石原さんは変わったリーダーシップを発揮する人です。東京オリンピックを取ってくると無謀なことを言ったのはあの人でしょ。石原さんのように大胆なことを言ってしまうのが政治家として一つの面白さじゃないかな。

 当時、石原さんは1回目で五輪をとれると信じていたようだけど、私は招致活動をやってわかったが、1回目じゃ絶対取れない。でも、石原さんが1回目に札を出していたから2回目に勝負ができた。誰かがリスクをとってやっていないと2回目のチャレンジで勝てなかったんですよ。

 それは非常にアイロニーなんだけど、政治家というのは、やったことが正しかったか、正しくなかったって言う評価は、ずっと後にならないと分からないことが多い。

 たとえば、三重県の北川正恭元知事。シャープの亀山工場を誘致したのは北川さんなんだよ。あのときみんな喝采して、私もすごいと思ったけど、結果的にシャープはダメになった。だからといって北川さんを批判してもしょうがないし、あのときは正しかったわけでしょう。

 石原さんの新銀行東京も失敗は失敗なんだけど、チャレンジした。銀行が貸し渋りで公的なものをつくらなきゃというのは間違いではなかった。当時のメディアの論調も好意的でした。議会も承認しています。失敗は失敗だけどチャレンジはチャレンジ。政治というのは過去をさかのぼってあれやこれや批判すると、チャレンジする政治家なんていなくなってしまうし、それはマイナスでしかない。

 司馬遼太郎が、その時の状態のさまざまな因子を除外して未来から見下ろすことで「歴史を粘土細工にするな」と述べているように。(聞き手 iRONNA編集部、川畑希望/津田大資)

いのせ・なおき 1946年長野県生まれ。89年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞。2002年6月末、小泉純一郎首相より道路公団民営化委員に任命される。東京大学客員教授、東京工業大学特任教授などを歴任。2007年6月、東京都副知事に任命される。2012年に東京都知事に就任、2013年12月、辞任。主著に、『ぺルソナ 三島由紀夫伝』『ピカレスク 太宰治伝』『道路の権力』『道路の決着』(文春文庫)、『昭和16年夏の敗戦』『天皇の影法師』(中公文庫)、『猪瀬直樹著作集 日本の近代』(全12巻、小学館)。最新刊は『東京の敵』 (角川新書)