小林信也(作家、スポーツライター)

 稀勢の里が好調だ。

 新横綱として臨んだ春場所、初日から盤石な相撲で、危なげなく白星を重ねている。他の三横綱は序盤から土が着き、白鵬は二敗を喫すると5日目から休場してしまった。最大の敵が消え、新横綱として初場所に続く連続優勝に向け、視界が開けてきた。

豪風(左)を一気に押し出した稀勢の里=3月12日
豪風(左)を一気に押し出した稀勢の里=3月12日
 5日目までの取り口を見ていると、不安がまったく消えている。稀勢の里の唯一と言っていい弱点は、負けを怖れた時、極端に固くなり、まったく力が出せなくなることだった。普通に勝負したら、相撲の強さは白鵬と甲乙つけがたい、最近なら稀勢の里が上回ったのではないかと、相撲ファンなら認めているだろう。今場所はまだ大一番を迎えていないとはいえ、緊張したはずの初日も難なく実力者の豪風を退けた。

 2日目は、初日に白鵬を破って勢いに乗る正代を落ち着いて受け止め、一蹴した。そして3日目の相撲には、稀勢の里の大きな変化成長をまざまざと見た気がする。相手は貴ノ岩。見合ったあと、行事の軍配が返った瞬間の稀勢の里の立会いの素早さ、鋭さには舌を巻いた。

 貴ノ岩にすれば、アッと思う間もなく、すでに稀勢の里がぶつかってきていた感じではないだろうか。決して陸上で言うフライングではないが、まるで瞬間移動するように、「ハッケよーい、残った」の声が響いた瞬間にサッと稀勢の里の大きな身体が貴ノ岩に襲いかかっていた。そして終始、前がかりで攻め続けた。前へ前へ素早く動くと、軽くいなされる心配もあるのだが、前のめりに出ているようで稀勢の里の腰はどっしりと落ち、崩れる心配を感じさせない。貴ノ岩にすれば、稀勢の里の圧力が半端ではなく、いなすなどの余裕もなかったのではないだろうか。力勝負ではなく、ちょっと違う次元の相撲に稀勢の里は歩み入ったように感じる。

 最近のスポーツ界は、相撲も含めて、目に見える筋力の強さ弱さばかりで優劣を計り、理解しようとする。人間の持つ力はもっと目には見えない、重心だとか、相手との間合いによって生じる内面の力にこそ本質がある。身体の大きさ、筋肉の量だけで強さが決まるなら、決して大男ではなかった朝青龍がなぜあれほどの強さを誇ったか説明できない。稀勢の里は身体にも恵まれている上、こうした内面の作用をも感じ、鍛える手応えを感じているようだ。