作家 百田尚樹(ひゃくた・なおき)

 これで朝日新聞は、報道機関として完全に終わった。9月11日に木村伊量社長ら3人の役員が行った記者会見をインターネットで見ながら、私は確信した。慰安婦報道についてようやく謝罪したからではない。謝罪しなかったからである。朝日新聞には大新聞社としての驕りはあっても、報道機関としての矜恃はかけらもない、そうはっきりした。

 あの会見について、多くの新聞やテレビが「謝罪」「謝罪」と書きたてて、慰安婦報道でも朝日新聞が詫びたかのように報じた。確かに木村社長は「謝罪」という言葉は使ったが、発言をよくよく見れば、謝罪したのは表面的なごく一部の行為だけで、本質的には何も詫びていないことが分かる。

 「(8月5日付朝刊の記事で)吉田清治氏の証言に基づく記事について、証言は虚偽と判断して取り消しました」「ただ、記事を取り消しながら謝罪の言葉がなかったことで、ご批判をいただきました。裏付け取材が不十分だった点は反省しますとしましたが、事実に基づく報道を旨とするジャーナリズムとして、より謙虚であるべきだったと痛感しております。吉田氏に関する誤った記事を掲載したこと、そしてその訂正が遅きに失したことについて、読者の皆様におわび申し上げます」

 ここで謝っているのは、朝鮮半島の済州島で慰安婦狩りを行ったという虚言を弄した吉田についての32年前からの「誤った報道」と、その記事の取り消しが遅れたことだけなのである。捏造報道を続けてきたこと、海外に「日本が朝鮮半島の女性を性奴隷にした」という誤った印象を広めたこと、これら問題の核心については何一つ、謝っていないのだ。

 むしろ、捏造については、否定したのも同然だった。「事実のねじ曲げではないか」と追及されても認めず、自分たちの説明を強調した。謝罪もなく、批判を浴びた8月5日の検証記事と「強制性」を訴えてきた報道については、木村社長がこう自画自賛した。

 「検証の内容については自信を持っているし、慰安婦問題をこれからも、こうした過去の問題はあったにせよ、きちんとした反省の上に、われわれは大事な問題、アジアとの和解の問題、戦地の中での女性の人権、尊厳の問題として、これからも明確に従来の主張を続けていくことは、いささかも変わりません」

 美辞麗句で飾っているが、つまり慰安婦報道の根幹は何も変えないし、詫びる気はまったくないと宣言したわけだ。これだけ日本中から批判され、池上彰氏の連載コラム掲載見合わせなどでは傲慢な姿勢が総スカンを食らったというのに、何ら反省をしていないのである。読者はバカではない。こんな誤魔化しの謝罪はすぐに見破る。そのとき、朝日は残る読者からも完全に見放されるだろう。朝日新聞は、自分で自分の首を絞めているようなものなのである。

 私が朝日新聞の報道を意図的な捏造だと断定し、報道機関として終わったと言い切るのは、単に32年前に虚偽の吉田証言を記事として取り上げたからではない。それだけなら、まだ意図せぬ誤報という言い訳も通用するかもしれない。問題は1992年に吉田証言は産経新聞と本誌で秦郁彦氏による調査結果をもとに虚偽の可能性を指摘され、週刊誌などの報道で次々と疑問点が浮上した後も、この記事を取り消さず放置し続けたことだ。

 97年の自社記事でも、取材で裏付けが得られなかったことを認めている。明らかに誤りだと分かっているはずだ。しかし、それなのに、約20年も放置し続けたのである。結局32年間で16回も吉田証言を取り上げているというのだから、そこにどうして意図がないといえるだろうか。木村社長らの会見では、訂正しなかった理由について何の説明もなかったが、それは、しなかったのではなく、できなかったのである。

 そういう自らのやましさは棚に上げて、8月5日朝刊の検証記事では、産経新聞、読売新聞、毎日新聞も誤報したと責任転嫁までしていた。朝日新聞とは記事の扱いの大きさが全然違うし、産経などは虚偽証言と気づいたら、その訂正を図っている。しかし、朝日はそれを20年以上もしてこなかったのだ。「自分たちだけではない」と言い張るというのは、子供でもしない言い訳である。

日本人の名誉と信用を傷つけ


 もちろん朝日新聞が自滅しようが、私の知ったことではない。しかし、朝日新聞が、国際社会において、日本の国家と国民の名誉と信用を傷つけたこと、そしてそれを謝罪しようとしないことだけは、決して許せない。

 朝日はすぐに日韓関係、日中関係の悪化を問題視するが、その種をまいたのは、自分たちなのである。それなのに、木村社長たちは、その罪を問われても、はぐらかすだけだった。

 「海外でどのように報じられているか、一部だが承知している。これが実際どのようなことだったのか、今までの報道すべて掌握しているわけではないので、このあたりもきちっとしながら報告したい」(木村社長)

 「朝日新聞の慰安婦報道がどのようにそういった問題(国際関係など)に影響を与えたかは、朝日新聞自身がどう総括していくかなかなか難しい。新しい第三者委員会に具体的検討を委ねたい」(杉浦信之編集担当取締役=当時)

 いま、自分たち会社のトップには分からないから、そのうちに検証してもらいます─そういって逃げているのだ。こういうのをまさに「姑息」という。

 8月28日付の朝刊では、慰安婦問題で国際社会に向かって「強制性」を認め、謝罪と反省を表明した河野談話は吉田証言に依拠していないと主張するなど、朝日は吉田証言を世界に広めた自らの罪を過小評価させようと必死のようだ。しかし、そんなことが理解されるわけがない。

 いまでも韓国政府は吉田証言を「日本軍による強制連行」の証拠として採用しているし、1992年には、アメリカのニューヨーク・タイムズに「吉田は2000人の朝鮮人女性狩りを行った」という驚くべき記事が載った。1996年には国連の「女性への暴力特別報告」(クマラスワミ報告)にも、「強制連行の証拠」として吉田証言が採用されているのだ。

 河野談話作成段階で、ときの政府関係者は吉田証言がインチキであることに気づいていたから、その直接的論拠にすることは避けられた。しかし、そもそも、なぜ日本政府が、河野談話を出さなければならなくなったのか。それは、吉田証言の虚偽記事が一般的には事実として拡がり、韓国に日本に対する攻撃の材料を与えることになったからなのだ。

 その証拠に、朝日の吉田証言の記事以前、戦後40年近く日韓関係には、慰安婦問題などなかった。勝手に「李承晩ライン」を引き、多くの日本人の漁民を拘束して少なくとも44人もの死傷者を出したうえ、竹島を奪った韓国大統領・李承晩ですら、その後、クーデターで政権を握った朴正煕(朴槿恵現大統領の父親)ですら、「従軍慰安婦」には言及していないし、日本政府に謝罪を求めたこともなかった。つまり、外交問題にしたのは、韓国人ではなく、日本の朝日なのである。

朝日の名誉と信用は守る


 日韓関係だけではない。日本人は罪もない朝鮮半島の女性たちを強制連行し、性奴隷にしたという驚くべき誤解が、世界中に広まった。それで、どれだけ日本人が差別的な目で見られているか。私たちの子供や孫、子孫までもが傷つけられるのである。その原因を作った朝日新聞は一刻も早く世界に向け訂正記事と謝罪記事を発表しなければならないはずだ。にもかかわらず、慰安婦問題の「強制性」を訴え続けるというのだから、私はどうしても許せない。

 9月の会見でも、強制連行は、杉浦氏が「そういった事実はないと取り消した。しかし、いわゆる慰安婦が、自らの意思に反して兵士の相手をさせられるという事態に、広い意味での強制性はあった」と、相変わらずの詭弁で自己正当化していた。一方で、自社の検証記事などを「捏造」「売国」と批判した週刊文春や週刊新潮の広告掲載を拒否したり、黒塗りにしたりし、「朝日新聞の名誉と信用が傷つけられた」と、抗議文で謝罪を求めていたというのである。

 私は木村社長や杉浦氏に聞きたかった。

 一体、日本人の名誉と信用を、どう考えているのか。

 インターネットの世界では、他人を批判した言葉がそのまま自分に返ってくることを「ブーメラン」と呼ぶが、私がこれまでに見た中で、これほど巨大なブーメランはなかった。木村会長らの会見では、原発事故対応をめぐる批判記事への抗議は取り下げると明言していたが、慰安婦検証批判への抗議も当然、取り下げるべきだ。朝日新聞がすべきは、マスコミへの抗議などではない。日本という国家と日本人への謝罪である。

池上コラム問題の本質


 ここのところ朝日新聞の混乱ぶりは際立っていて、組織のコントロールを失いつつある。9月初めには、自社を批判した池上彰氏の連載コラムの掲載を見合わせながら、批判を受けて掲載に転じるという騒動があったが、そのとき、はっきりそれが分かった。

 池上氏のコラムは、誤報の訂正が遅きに失したことを指摘し、謝罪がないと批判したもので、朝日新聞は、上層部の意向で、掲載を見合わせる方針を池上氏に伝えた。朝日にとっては触れられたくない傷だっただろうが、マスコミ各社から批判を受けている状況の中で、掲載を見合わせれば、さらに猛烈な批判を受けるのは火を見るよりも明らかだった。子供でも分かることを、社の上層部が分からなかったというのは、本当に上層部が状況判断能力、危機管理能力を完全に失っていたとしか言わざるを得ない。これは悲惨である。

 私が思うに、朝日の上層部は相当、混乱しているのだろう。軍隊に例えれば、司令官が混乱して作戦が完全に機能しなくなった状態だ。「こうしろ」と命令した直後に、正反対の司令を出すのだから、組織としての体をなしていない。

 しかも、コラム掲載時には、お詫びコメントまで付けてしまった。慰安婦報道の検証では、記事を取り消しても謝罪しなかったのに、池上氏にはお詫びするというのだから、これにはもう呆れ果てたとしかいいようがない。

 一体、掲載の方針をころころと変えた上層部とは誰なのか。会見では杉浦氏が「池上さんのコラムの一時的な見合わせを判断したのは私です。結果として間違っていたと考えています。社内での議論、多くの社員からの批判を含めて、最終的に掲載するという判断をしました」と説明していたが、本当だろうか。何度も口ごもりながらの発言は、とても正直に話しているようには見えなかった。

 一体、朝日新聞の社員は、どういう心持ちで会社の問題を見ているのかと考える。自分たちがこういう会社をつくりあげたことを反省しているのだろうか。ネットのツイッターで、多くの朝日新聞の社員がツイートしているのを眺めると、自分の会社に酔っているのではないかと思える。

 沢村亙氏という朝日新聞の編集長がいる。編集長というのは、毎日の新聞紙面全体の責任者だそうで、朝日新聞東京本社には3人しかいないという。つまり重要幹部だ。その人物が、池上氏のコラム掲載決定を受け、9月3日にツイートした内容はこうだ。

 「多様な意見を載せる。その原則を守れと同僚たちが声をあげる。社が受け入れる。結果的にそうできたことに誇りを感じる」

 あたかも社内の声が、自主的に社の方針を変えた美談のように書いている。確かに内部からの声もあったのだろうが、一番大きかったのは外部からの批判であったはずだ。悪いことをして怒られてそれをやめるのは、当然のことであり、謝罪、反省すべきことなのに、逆に誇りを感じているのだという。品のない例えだが、万引きしようとして店の商品を手に取ったものの、大勢の人に非難されてそれを商品棚に返した万引き犯が、その行為を誇っているようなものだ。しかも、「さすが我が社や」という調子のツイートは、この沢村氏だけではないのだから驚く。沢村氏は、こうもツイートしている。

 「うちの会社も官僚的な体質があるが、主筆とか社長とかトップの鶴のひと声で軍隊のように一糸乱れず動くこともできない。だからこそ情報が漏れ、現場が声を上げる」

 いかにも記者たちが自由に発言しているように、会社に自由な気風があるように書いている。しかし、もしその通り自由な気風の会社であるならば、日本を貶める虚偽記事を32年間放置したことをおかしいと思っていた記者が朝日新聞には一人もいなかったということになる。多くの日本人が「これはおかしい」と言っているのに、朝日新聞の記者だけは誰一人、声を上げる必然性を感じなかったということになる。自分たちが愚かであったことを堂々と認めていることになるのだ。編集長でありながら、頭が混乱しているのか、そのことに気づいていないのには、もう笑うしかない。

南京、靖国も同じ歪曲体質


 いうまでもなく新聞社のもっとも大切な使命は事実を報道することのはずだが、朝日新聞は目的のためには、事実をねじ曲げるという体質があるのだと私は思う。慰安婦の問題でも、戦前の日本をとにかく否定したいと考え、慰安婦制度があったということを、なんとしても徹底批判したいという目的があった。そのためによりインパクトのある材料を探したのだが、なかったために、吉田証言という虚偽の材料を持ち出したのではないだろうか。

 そんな体質を象徴するのが、1989年のK・Yサンゴ事件だ。沖縄の西表島にあるサンゴに、朝日のカメラマンが「K・Y」と傷を付けて、自ら撮った写真が、「サンゴを汚したK・Yってだれだ」という大きな見出しとともに掲載された自作自演事件だ。

 まず、沖縄の美しい自然を守りたいという目的がある。それを守らない奴を「ダメだよ」と批判したいが、ちょうどいい批判の対象がいない。そこで、自らサンゴに傷を付けて、自然破壊を捏造する。日本人を貶めておこうと、「80年代の日本人の記念碑になるに違いない。百年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の…」と記事に載せ、こんな悪い奴がいるからダメなんだと訴えたのだが、本当は、そんな自然破壊は存在しなかったのである。

 いま中国が大きな問題としている閣僚の靖国神社参拝も、南京事件も、実は同じ構造だといえる。

 南京事件も1970年までは日中間で問題になっていなかったが、71年に当時の本多勝一記者が中国を訪れ、中国側の出してきたウソ証言やデータを基に、南京で大虐殺が行われたというレポートを約40回にわたって執筆した。朝日は「南京大虐殺」という史実があったかのようにキャンペーンを展開し、それに中国が反応して国際問題に発展した。しかし、中国側の示した犠牲者数30万人に対し、当時の南京の人口は20万人。明らかにおかしいのだ。

 靖国参拝についても同じだ。戦後40年間、歴代首相は計58回も靖国を参拝していたが、中国政府は一度も抗議しなかった。

 しかし、85年に朝日新聞が大々的に参拝を批判、中国に対して〝ご注進〟に及び、それを受けて中国が抗議した。相乗りするように、韓国も抗議に加わった。

 南京、靖国そして慰安婦問題。すべて1970年代以降に朝日新聞がつくりだした問題である。朝日は慰安婦問題に続き、南京大虐殺報道についても、自社報道の検証に取りかかるべきなのだ。

朝日新聞VS百田尚樹


 私は、これまでさまざまな朝日新聞の捏造報道と闘ってきた。

 昨年暮れ、安倍晋三首相が靖国参拝をした直後には、朝日新聞デジタルに「百田尚樹さんが安倍首相と今年会った際、靖国神社に参拝するよう進言したと打ち明ける」と捏造記事を書かれた。

 朝日新聞の記者に取材を受けた際に「百田さんが安倍総理に進言したんですね」と訊かれた。私は「進言はしていない。私はあくまで『靖国に行っていただきたい』という個人的な希望を申し上げたのであって、絶対に進言はしていない。進言とは書かないで下さい」と答え、記者も「分かりました」と言ったのに、記事には「進言」。進言とは、首相に対して影響力のある人物がする行為だ。然るべき立場の人物が「総理、このようになさるべきです」と言うものだが、私は個人的な希望として「行っていただきたい」と伝えただけ。まったく違うはずだが、朝日新聞は、それを知りながら、私が安倍総理に行かせたというストーリーのために、事実をねじ曲げたのではないだろうか。

 私が今年1月にNHK経営委員として経営委員会で竹島、尖閣、靖国などについて「歴史的経緯を国民にしっかり知らせる番組があってもいいのではないか」などと発言したときには、個人攻撃のような報道があった。私の発言の意図をねじ曲げ、「『個別』の番組への干渉は禁じられている」と、あたかも個別番組の干渉をしたかのようにとれる書き方をした。

 最近では7月25日にも、被害にあった。「ニュースウオッチ9」の大越健介キャスターが番組内で、「在日コリアン1世は1910年の日韓併合で強制的に連れてこられたり、職を求めて移り住んできた人たち」という趣旨の発言をしていたので、経営委員会で「そういう歴史的事実はない。強制連行はしていない。にも関わらず、そういう発言をしたのは、NHKとして検証したからなのか。NHKの歴史についての見解はどうなのか」と質問したときも、3日後の朝日新聞朝刊に「放送法抵触の恐れ」と書かれた。

 放送法は個別番組への干渉を禁じており、放送前の番組編集に口を出したり圧力をかけたりすれば法律違反だ。しかし、放送した番組について意見を述べるのは放送法に違反しないはずだ。私が「おかしいのではないか」と朝日の記者に伝えると、朝日はそのコメントを載せて「放送後の番組でも、その後の番組内容に影響が出れば、放送法に抵触したと判断される可能性もある」と訴えた。牽強付会も甚だしいが、百田尚樹を「敵」と認定し、批判する目的なら事実のねじ曲げも辞さないのだ。

 私は思う。朝日新聞にとって、目的の前には事実はどうでもいいのであろう。しかし、朝日新聞がこの体質を改める気がまったくないのなら、もはや報道機関とはいえないのではないか。



百田尚樹氏 昭和31(1956)年、大阪市生まれ。同志社大学法学部中退。放送作家となり、人気番組『探偵ナイトスクープ』のチーフ構成作家に。平成18年には『永遠の0(ゼロ)』(太田出版、現在は講談社文庫に所収)で小説家デビュー。『海賊とよばれた男』(上・下、講談社)で、2013年本屋大賞を受賞。最新作に『フォルトゥナの瞳』(新潮社)