若林亜紀(ジャーナリスト)

 政府が天下りの斡旋をした文部科学省次官を更迭したことをきっかけに、「天下り問題」が注目されている。

 まず、キャリアとノンキャリア、2人の文科省職員の天下りを比べて見てみよう。

 国会に召喚され答弁した嶋貫和男氏(67)は文科省のノンキャリア組。北海学園大を卒業して1974年に文部省に入った。東京学芸大や東京大の人事課長などに出向した後、本省の人事課調査官(課長に次ぐ役職)、初等中等教育局参事官(課長相当)などを経て2009年7月に退官した。

 その直後に、一般財団法人の教職員生涯福祉財団の審議役に就いた。といっても、仕事は財団の仕事ではなく、文科省の依頼で、文科省退職者を天下り団体や大学に斡旋することであった。ただし、これは違法行為なので、当時の財団の理事長にとがめられた。

 そのため、13年から、天下り斡旋の舞台は大手生命保険会社に移った。明治安田生命保険が氏に顧問報酬という形で「月2日勤務で(年)1000万円」の報酬を払うことになった。嶋貫氏の事務所費や秘書の給与は文科省の別の天下り団体が負担した。

 そもそも文科省は、全国の小中高大学教員とそのOB計200万人の年金や健康保険、生命保険を扱う公立学校共済組合と私立学校教員とそのOB計100万人の保険を扱う日本私立学校振興・共済事業団(私学共済)を管轄している。この生保会社はこれらの団体で扱う生命保険の幹事会社などをしている。だから、保険会社は文科省に頭が上がらないのだ。

衆院予算委で文科省の天下り斡旋問題をめぐり自民党の牧原秀樹氏の質問に答える人事課OBの嶋貫和男氏(左)と、答弁を聞く(奥右から)山本幸三国家公務員制度担当相、松野博一文科相=2月7日、国会
衆院予算委で文科省の天下り斡旋問題をめぐり自民党の牧原秀樹氏の質問に答える人事課OBの嶋貫和男氏(左)と、答弁を聞く(奥右から)山本幸三国家公務員制度担当相、松野博一文科相=2月7日、国会
 この間、嶋貫氏は天下り斡旋をする中で、自らも成り上がる機会を得た。氏は10年1月、大阪にある慈慶学園の特別顧問に就いた。同学園は09年に大学院大学の新設を申請したが、審査中にいったん取り下げていた。氏が顧問に就き、3月に再び申請すると認可が下りた。学園は14年、ついに氏を学長として通信制大学の設置申請を行った。

 このように、霞が関で出世したノンキャリア公務員は、違法な汚れ仕事を引き受けながら、抜け目なく自らを利していくことが多い。それに対して、キャリア官僚は手を汚さずにカネと名誉を得る。ただし、カネと名誉だけの閑職に見える。

 その一人がキャリア官僚OBの磯田文雄氏である。

 磯田氏は東京大法学部卒業後、1977年に文部省(当時)入省、在職中にスタンフォード大大学院に留学した。研究振興局長、高等教育局長などを経て2012年に東大理事に天下った。ただし形は本省に籍を置いたままの現役出向だった。なぜなら、09年に民主党が天下り根絶を掲げて政権交代したため、見せかけの天下り数を減らすための各省庁の対策で、本当は天下りなのに「出向」という形にしたのだ。東大理事の年収は1800万円である。

 その後、13年9月に別の文部科学官僚に東大のポストを譲った。そして文科省に戻り「大臣官房付き」という、企業でいう「人事部付き」のような、仕事なしに給料だけをもらえる身分となった。14年3月に退官し、5月に茨城大の学長選挙に立候補。茨城大はこれを「天下りの押し付け」ととらえて反発、副学長を対立候補に立て、氏は落選した。