作家 井沢元彦(いざわ・もとひこ)

 私と朝日新聞とのかかわりを聞かれた時に、私は「卑怯な手段で朝日に殺されそうになりました」と答えます。もちろん相手は冗談か誇張して言っていると思うようですが、必ずしもそうではありません。確かに肉体的に殺されかけたわけでは無いのですが、言論人としてはまさに抹殺されそうになりました。

 あれは1995年2月のことですから、もう20年近く前のことになりますが、当初はミステリー作家として文壇デビューした私は、当時は雑誌でマスコミ評論を中心に活動していました。もともとは報道機関(TBS)出身でしたから、朝日新聞の報道姿勢に極めて違和感を持ち「虚報の構造、オオカミ少年の系譜」という「SAPIO」誌(小学館発行)の連載でしばしば朝日の記事を取り上げその偏向ぶりを批判していました。

 ところが、ある日、小学館社長および「SAPIO」編集人宛に「一犬虚に吠える…「オオカミ少年」の空想的朝日論に反ばくする」というタイトルのついた朝日新聞からの抗議文が届きました。朝日新聞読者広報室長山本博昭、同外報部長中川謙(当時)連名の文書です。それは私の文章を極めて事実とは異なる「悪質なことばの凶器」と決めつけたうえで、「厳重に抗議するとともに責任ある釈明と最近刊の同誌での明快なおわび訂正を求めます(「」内は原文のまま)」というもので、ここが肝心ですが私に対する直接の抗議は一切ありませんでした。

 マスコミ人なら、いや一般常識を持つ社会人なら、この行為がどれほど悪質でルールに外れた行為であることがわかるでしょう。私の意見に反対なら「SAPIO」誌に反論を寄せるとか、あるいは朝日新聞社発行の雑誌の中で反論するという、まともな言論人なら誰でも知っているルールで対抗すればいいのです。

 ところが朝日新聞社が要求して来た事は「この記事は間違っているから撤回しろ、井沢はおろせ」ということです。暴力団や総会屋のやり口ではありませんか、これが言論機関のやることでしょうか?

 当時の遠藤邦正SAPIO編集長や小学館の相賀昌宏社長(現任)が、朝日の悪辣な圧力に対して断固私を擁護してくれる姿勢を示してくれなければ、私は今頃言論人として生きていなかったかもしれません。

 朝日にとっては残念ながら狙い通りにはならなかったわけです。ちなみに、私はこの件について朝日新聞記者や社員の人々から謝ってもらったことがただの1度もありません。つまりOBも含めれば何万人もいる朝日社員たちは、今でもこの行為を悪いことだとは思っていないのでしょう。32年ぶりに記事を訂正する度量があるなら、この件に関しても改めて謝罪してくれてもいいと思うのですが、無理かもしれません。朝日はOBの力が大変強いところで、まるで天下り官僚のような影響力を持っています。たとえばこの山本博昭読者広報室長はその後は熊本朝日放送の会長に、また中川謙外報部長は論説委員に御出世なさったようです。民放といえば報道機関も兼ねているはず。さて山本会長は在任時には「言論の自由は是非とも守らなければならない」などと部下に説教していたのでしょうか? そうだとしたらまさに噴飯ものですが。

歴代社長はなぜ批判されない


 そうそうOBで思い出しました。現在の朝日批判に対して多くのマスコミが失念しているとしか思えないことがあります。「吉田証言」を虚偽だと知りながら、検証も訂正もせず放置していた朝日新聞歴代社長たちをどうして批判しないのかということです。

 現任の木村伊量社長の姿勢にも多くの問題点がありますが、すくなくとも一点評価しなければならないのはこの問題に手をつけたことです。そして着手したという点で木村社長は、歴代のOB社長よりも遥かにマシ(といっても泥棒が殺人犯よりは人を殺さない点でマシというレベルの話ですが)な人物です。この間の歴代社長は一柳東一郎、中江利忠、松下宗之、箱島信一、秋山耿太郎といった方々です。中には故人となった方もおられるようですが、今どうされているのでしょうか? どこかの民放などに天下りして、部下の記者に「誤報は決して出してはいけないぞ」などと説教していなければいいのですが。それとも朝日新聞の「社風」通り「愚かな大衆を正しい方向に導くためには虚偽の情報を出すことも許される。もちろんそれは正しいことなのだから、嘘がばれても謝罪する必要は一切無い」などと教えているのでしょうか。

 朝日が糾弾してやまない戦前の体制、特にそれを取り仕切っていた軍部の、情報に関する最大の罪といえば「大本営発表」でしょう。実際にはボロボロに負けているにもかかわらず「勝った、勝った」と嘘を言って、国民をだました。彼等の心理を分析すれば「今国民が心を合わせて苦しい戦いを戦っているのに、負けたと言えば士気にかかわる。だから本当のことは発表しない。これは正義だ」という感覚でしょう。平たく言えば「国民を正しい方向に導くためには嘘の情報を出しても許される」ということです。こういうことをする連中にあるのは相手に対する心の底からの侮蔑です。人間でも組織でも、相手が対等の知性を持つ人間であると考えるならば、正確な情報を提供することに専念します。相手はそれで的確な判断をするはずで、嘘の情報を出して「導く」必要などまったく無いからです。

実は読者をバカにしている朝日新聞


 私は朝日新聞の愛読者と言われる方々が、なぜそうまでして朝日を支持するのか、まったく理解できません。今回の「吉田証言」問題で露呈されたように、朝日は結局戦前の軍部と同じです。読者を心の底から侮蔑しているからこそ、こういうことができるわけでしょう? どうしてインテリ層が多いと言われる朝日の読者にこれがわからないのか。私ならすぐに「バカにするな」の一言と共に購読を止めているでしょう。そこまでバカにされているのに、そのことに気がつかないということが不思議で仕方がありません。それとも気づきたくないのかな。そこは自分に不都合な現実を見ないという点で朝日新聞との共通性があるのかもしれません。

 朝日新聞社は組織として強大な力を持っています。報道機関としての顔がすべてではありません。ですから私はこのように、朝日新聞に「犬」呼ばわりされても朝日新聞社がやる事業が、社会的意義をもつと考えた場合には協力してきました。たとえば考古学シンポジウムへのパネリストとしての参加です。世話になった先生方への義理もありました。ところがこういう協力が「朝日人」から見ると「朝日にしっぽを振った」ようにみえるらしい。実際にそういうことを口にした「朝日人」を目撃したこともあります。酒席での発言ですので実名は書きませんが、本当に「朝日人」の品位の低さには呆れました。

 戦前の軍部それも日本を破滅に導いた参謀本部のエリート軍人の特徴といえば、自分が最も優秀で絶対に間違いは犯さないという鼻持ちならないエリート意識と、それから生まれる無責任さでしょう。自分は優秀だから失敗するとは思わず、作戦がうまくいかないと「現場の責任」だと担当者を自決させる。ノモンハン事件など典型的な例ですね。

 ここに私が日本マスコミ史上最低最悪と評した記事があります。中年以上の読者はご記憶があると思いますが、かつて朝日を中心としたマスコミが「教科書誤報事件」というのをやらかしました。文部省(当時)が日本史の教科書の記述を、検定で「中国への侵略」から「進出」と改めさせたという誤報が流れたものです。

 これは朝日だけの誤報ではありませんでしたが、問題はなぜ誤報を出してしまったかを説明した「読者と朝日新聞」という中川昇三東京本社社会部長署名入りの記事です。その中で編集幹部でもある中川部長は次のように書いています。

 「今回問題となった個所については、当該教科書の「原稿本」が入手出来なかったこと、関係者への確認取材の際に、相手が「侵略→進出」への書き換えがあったと証言したことから、表の一部に間違いを生じてしまいました」1982年9月12日付

 おわかりでしょうか? 「表の一部」などという言い方をして、いかにも小さなミスであるようにみせかけているのも問題ですが、最大の問題は現場の記者が、「記者にとって最も基本であるウラも取らず(事実の確認もせずに)、証言者の嘘にダマされた」それが誤報の原因だと言い切っているところです。朝日の社会部記者というのはそんなに間抜けぞろいなのでしょうか?

 もしこれが本当なら朝日新聞の記者教育がなっていないということになるし、嘘ならば編集幹部は現場に責任を押し付けて逃げたということになります。どちらにしてもマスコミとして許されることではないでしょう。

 そして最大の問題はこんな言い訳をして恬として恥じない姿勢にあります。最近の一連の不祥事を見ても、朝日新聞の根本姿勢はこの頃とまるで変わっていません。彼等が批判してやまない戦前の軍部とまるで同じです。そんな朝日新聞に報道機関としての存在意義は到底あるとは思えません。

 それが「犬」としての私の意見です。



井沢元彦氏 愛知県出身。早稲田大学法学部卒業。大学卒業後、TBSの報道記者として入社。報道局記者時代に『猿丸幻視行』で江戸川乱歩賞を受賞。作家活動に専念する。『逆説の日本史』など独特の歴史推理が好評。小林よしのり氏との共著『朝日新聞の正義 逆説の(新)ゴーマニズム宣言』(小学館)など著書多数。