八幡和郎(評論家、徳島文理大教授)

 妃殿下や首相夫人というのは一体どんな存在なのか、私はつくづく不思議に思える。皇族の男子は日本国統合の象徴である天皇ないしその近親であり、皇族としてふさわしい役割を果たすべく幼少期から特別の教育を受けてきた。しかし、妃殿下はたまたま皇族の男子から結婚相手として選ばれただけであり、極端に言えば数週間の速成講習で誰でもなれてしまう。

 一方、首相は国会議員として選ばれ、さらにその中から一国の指導者として互選されなければならないが、首相夫人は選挙に出るわけでもないし、互選されたわけでもない。

 それでも昔は、ヨーロッパでは王妃になれるのは外国の王女だけだったし、近代日本では宮家か五摂家の出身者に独占されていたから、取り立てて問題になることはなかった。

 それがまったく民間の女性が王妃になると、ダイアナ妃に代表されるように「シンデレラ」として話題になって人気は沸騰するが、スキャンダルに巻き込まれることや、精神や健康を害してしまうことも多い。
 日本では美智子皇后陛下が、抜群の能力でひとつの時代をつくられたが、妃殿下制度というものの難しさを露呈してしまっている例も出ている。

 私は、日本に限らず、生まれながらの内親王や王女といった女性皇(王)族には、結婚してからも公務をやっていただく一方、妃殿下は首相夫人と同じく、本人の適性と選択でマイペースでやっていただくほうがよいのではと思っている。もともと、生まれながらの皇族、王族でないと難しい仕事だからである。

 逆に、近代日本では首相夫人が表舞台に出てくること自体がほとんどなかった。

 家庭における内助の功とか、選挙区で多忙な夫のかわりに日ごろの草刈りや、選挙で演説することはあっても、政治的な助言者であるとか、ファーストレディとして注目を浴びるとか、魅力的だと話題になったのも皆無に近い。

 しいて、華やかに目立ったというと、ミニスカートが話題になった佐藤栄作元首相夫人の寛子さんくらいだった。

 誰の娘であるといったことが意味があったのも、三菱の創始者、岩崎弥太郎の娘婿だった加藤高明と幣原喜重郎、内大臣、牧野伸顕の娘婿だった吉田茂、それに薩摩出身の先輩の娘と結婚して藩閥に連なった斎藤実、国粋主義団体幹部の娘と結婚して色眼鏡で見られた広田弘毅くらいに限られた。

 自分でそれなりの仕事をしていた人もほとんどいない。鳩山一郎夫人の薫子さんは、共立女子大の学長として活躍したが、義母から引き継いだもので嫁としての立場でのものだ。三木総理夫人の睦子さんが、女傑といわれ夫の死後も平和運動などに活発に参加しており、その後は細川護煕夫人が目立つくらいだ。