ただ、首相夫人の名誉とイメージを利用しようとする勢力は多く、その中には籠池ファミリーのような存在もある。ゆえに首相や閣僚などの要人だけではなく、首相夫人にも同様に交際関係や動静で襟を正すためのインテリジェンス的機能が必要な時代となっている。そこに綻びが生じたのが、今回の森友学園騒動における昭恵夫人の問題であった。
父、安倍晋太郎元外相の墓参りをし、墓前で手を合わせる安倍晋三首相。右奥は昭恵夫人=1月8日、山口県長門市
父、安倍晋太郎元外相の墓参りをし、墓前で手を合わせる安倍晋三首相。右奥は昭恵夫人=1月8日、山口県長門市
 籠池理事長の国会証人喚問の後、「昭恵リスク」という言葉がネット上で流行ワードとなった。誰もがインターネットやSNSで、動画やメッセージを投稿できる時代であり、日本だけでなく世界の衆人環視の中で首相夫人が一般人から監視される時代である。権力が市民を監視する近代的な「パノプティコン」(一望監視装置)ではなく、一般市民がネットやスマホを駆使して権力者や有名人を監視する「シノプティコン」の時代に私たちは生きている。

 この時代に公人が生きていくためには、公務における活動、活動経費、交友関係、情報発信において徹底した危機管理を実践し、法令遵守(コンプライアンス)と説明責任(アカウンタビリティ)を果たさなければならない。寄付行為と口利きという構造的問題が、コンプライアンスにおける「忖度」という次のステージにまで発展したという点では、民主主義のプロセスにおいて今回の森友学園騒動は有意義であったと考えることもできる。

 そのコンプライアンスとアカウンタビリティが果たせない場合、かつて拍手喝采を浴びたヒーローやヒロインがスキャンダルの主人公として、メディアスクラム(集中的過熱報道)の中で大衆リンチにさらされる。かつて田中真紀子氏や小保方晴子氏がそうであったように、首相夫人もそのリスクにさらされる時代となったのである。

 こうした時代の情勢に敏感なのはむしろ一部野党であり、マスコミであって、両者は安倍首相を退陣に追い込もうと政局化させ、ワイドショー化を加速させる。ただ、共同通信が3月25日、26日に実施した世論調査では、安倍政権の支持率はわずか3%下落にとどまり、52%であった。その他の新聞・テレビ各社の世論調査でも数%程度の微減に過ぎないことを考えると、こうした政局国会の泥仕合と大衆リンチにむしろ冷静な対応を示しているのは、現代の有権者なのかもしれない。