田中 結 (プレスラボ)
 駅構内の階段などで、子連れの母親が重そうにベビーカーを運ぶ姿を見たことがある人も多いだろう。そんなとき、あなたは母親に手を貸しますか? それとも見過ごしますか?

 ネット上で「ベビーカー問題」は炎上しがちなトピックだが、今回炎上してしまったのはビジネス系ウェブマガジン「PRESIDENT Online」が10月6日に公開した、「日本男子は、なぜベビーカー女子を助けないのか」というタイトルの記事。疑問についての回答を男性ライターと女性ライターがそれぞれ述べるという趣旨のコーナーだった。

 このコーナーの女性ライターで、女性のライフスタイルやワーキングマザーの事情に詳しい佐藤留美さんは、「日本人男性がベビーカーを手助けしない理由は2つある」と説明。

 「日本の男性が置かれた過酷な勤務状況が、その背景にあると思います。(中略)この忙しさでは、周囲の困った人に手をさしのべる余裕を失いがち」という理由と、友人のデンマーク人男性の言葉を借りつつ「積極的に女性を助けたりすると『アイツ、何、気取ってるんだ』とか思われる。それが嫌で、日本人男性は見て見ぬふりをしている」と分析した。

 
佐藤さんは、この問題の解決法として「日本の女性は、日本の男性に『すみません、ちょっと助けて貰えますか?』って言えばいい」と提案。そして、「日本人は基本的に優しいから、『助けてください』と言ってくる人を素通りすることはない」とし、潜在的には日本人男性もベビーカーの母親を助ける気質があると分析している。
 佐藤さんの回答には読者から批判などはそれほど寄せられていない。炎上してしまったのは、ビジネス誌などで執筆する男性ライターの大宮冬洋さんが語る意見。

 まずは自身の行動として、「僕は37歳の日本人男性ですが、ベビーカーなどの重そうな荷物を持っている女性を駅構内で手助けすることはあります」と主張。「目の前で困っている人を助けないほど世間知らずではありません。情けは人のためならず、ですからね」。この行動については「ジェントルマン」とも呼べる行動ではないだろうか。

 しかし彼は、この主張を「前置き」として次のような“意見”を語り、多くの批判を集めてしまった。

 「ベビーカーは親のために開発された「便利な道具」に過ぎませんよね。(中略)当のベビーたちもあの「車」に乗りたいのでしょうか。親からの距離が遠くなって不安だろうし」

 「僕には子どもがいないので実感はありませんが、ベビーカーで得をしているのは親たちだけでしょう。どんどん体重が増えて重くなる子どもを抱えずに済むし、密着もしないので夏場も汗ジミができにくい。ついでに子ども用品や自分の荷物も載せたり吊るしたり。」

「ベビーカーは必需品とは言えない。だから、運搬を手助けしない日本男子を責めることはできない。この意見、どこか間違っているでしょうか?」
※以上(http://president.jp/articles/-/13601?page=3 )から引用

 子連れの母親たちからは主に「どこへ行くにも子どもをおぶって移動してみてから言ってほしい」という声、男性からも「電車も便利な乗り物だから、使わずに目的地まで歩いたらどうだ」「年老いたり病気になって、お前は必需品とは言えないと言われたらどう思うのか」といった声があがった。

 この記事は10日現在、シェア、RTともに1万を超え、佐藤さんの記事の300リツイート、800シェアと比べると、いかに話題にされているかが分かる。とくに、「僕には子どもがいないので実感はありませんが」という立場からこういう意見が出てしまったことが、炎上につながったものと考えられる。

 
ネット上で炎上しやすい記事の特徴としてひとつ言えるのは、「立場が異なる人間が相手の事情に対して一方的に意見するもの」であること。事情を知らない人間からの「決めつけ」は「想像力に欠ける」と言われやすい危うさがある。

 筆者は独身で子育てをした経験はないが、困っているベビーカーの母親がいたら積極的に手助けをしている。「ベビーカー女子を手助け」した立場から言うと、手助けする自分の労力はわずかなのに、手助けされた側は相当助かるので、手助けしない理由はこれっぽっちもないと思う。

 実際、電車内でこんなことがあった。ある女性が、ベビーカーに乗せた幼児と3歳ぐらいの2人の子どもを連れて乗車していた。駅に着き、彼女が車両から降りようとベビーカーを下ろしている間に、子どもが車内の奥に走り出してしまったのだ。とっさに気づいた筆者は、その子を捕まえて一緒に駅に降りた。

 もし誰かの助けがなければ、母親は駅のホームに幼児を乗せたベビーカーを置いて子どもを追いかけるわけにもいかないし、扉が閉まってしまえば車内に子どもが取り残されてしまう。想像しただけでもぞっとする。そんな事態を避けられる手助けができて、本当によかったという気持ちになった。

 たしかに、男性が見知らぬ女性に「手助けしましょうか?」と声を掛けると、不審者だと思われたり、かっこつけていると思われる可能性もあるだろう。でも、もし男性が手助けをすれば、階段でベビーカーを運んでいる母親がベビーカーごと転落する可能性をかなり低くすることができる。男性が自分のリスクを低くするために手助けをしなかったとしても、目の前で親子が階段から転落する様子を見てしまったら相当後味が悪いはずだ。手助けしなくてもリスクはある。

 相手が困っているなら助けましょうという意見ももちろんだが、ちょっとした自分の行動で、社会全体のリスクを下げられるならこんなに効率がいい話はない。それはベビーカー問題だけにとどまらない。

 女性ライター佐藤さんの記事の中でも、「困っている人を助けるということは、困っている人の気持ちを想像することでもあります。自分と異なる境遇に置かれた人の立場を考えることは、周囲の人々に配慮しなければいけないのだという「コミットメント(責任)意識の形成」に繋がり、ひいては、少子化や高齢化といった社会問題を考えるといったキッカケにもなりうる」と述べられている。まさにその通りで、とてもいい意見だと筆者は感じた。

 ネットの記事の中には、PVを獲得するためにわざと批判を狙う「炎上マーケティング」なるものもある。この大宮さんがそれを狙ったかどうかは分からないが、実際にこの記事はかなりのPVを稼いだのではないだろうか。そして、筆者が「いい記事」と感じた佐藤さんの記事はそれほどシェアをされていない。「この記事の意見に賛成だ」という読者よりも、「この記事に反論がある、もの申したい」と考える読者の方がネット上では活発なユーザーであるからだ。

 PVやシェア数だけを指標にしてしまうと、偏った意見の記事、間違った意見の記事ばかりが目立ってしまうことになりかねない。「ベビーカー問題」のほかにも、炎上しやすいトピックを見かけたとき、炎上の影でひっそりと掲載された「いい記事」を見逃さないようにしたいと思う。