170キロは「理論上可能」でも、大谷翔平が目指すべきではない理由

『川村卓』

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川村卓(筑波大准教授)

 時速165キロという日本人離れしたスピードボールを投げる一方で、逆方向に全く落ちないでスタンドに突き刺さる打球を放つ。投打ともに類まれなスタープレーヤーである大谷翔平は、私たちに新たな期待感をもたらす。しかし、スポーツの動作を研究している筆者にとっては、一番厄介な存在でもある。なぜなら、私たちが彼の凄さを理論的に説明しようとしても、彼は我々の想定範囲をすべて超えてしまう「外れ値」の選手であり、いつも新たな枠組みで見ることが必要になるからである。つまり、私たちにしてみれば、大谷翔平は分析するのがとても困難な選手ということになってしまう。

 筆者はこれまでメディアからの要請もあって、プロ入りから毎年、大谷の分析を行う機会に恵まれてきた。本稿では今までの動作分析からみる「大谷翔平の凄さと可能性」について論じてみたいと思う。
「二刀流」を駆使して投打で活躍する大谷翔平
 まず、大谷がアスリートして優れているところと言えば、あの大柄な体格(193センチ)にもかかわらず、動きの一切にギクシャクしたところがない点である。身体を巧みに操る能力である巧緻(こうち)性としなやかな身体操作を順序良く効率的に出力できる調整力に優れているところは感心させられる。ケガをしてしまったが、昨年の台湾との親善試合でみせた脚の速さからして、どのスポーツ競技においても「超一流」になることができる素質を持っているのではないだろうか。

 大谷がそうしたしなやかな身体操作をできる要因として「柔軟性」の高さが挙げられる。特に大谷を投手として見た場合、肩周りの「柔軟性」は特筆すべきものがある。ここで注意したいのは「柔軟性」という言葉である。「柔軟性」は筋や腱などが柔らかく、引き伸ばされる能力として解釈されるが、これは「柔軟性」の意味の半分しか示していない。

 もう一つの意味として、多くの筋肉が動員されて一緒に動く能力があるかどうかも「柔軟性」を理解するポイントである。基本的に骨は連結して関節を形成している。しかし、肩甲骨は上腕骨とはつながっているものの、背中のさまざまな筋肉が密集しているところに乗っているだけの特殊な骨である。

 この肩甲骨を動かそうとすると多くの筋肉を連動させる必要があり、肩甲骨周りの筋肉のいずれかがうまく動かなくなると、その筋肉が動きを阻害し、肩甲骨はしなやかな動きを失うために柔軟に見えなくなる。つまり、肩甲骨の「柔軟性」は、いかに多くの筋肉を動員し、連動しながら動かすことができるかにあると言える。
大谷は170キロ出せるのか

 大谷の凄さはこの肩甲骨周りの筋肉が実によく動いていることにある。「図1」は大谷が160キロを投球した時の「肩関節外旋角度」の最大値を示したものである。肩関節外旋角度とはいわゆる投球のしなりを示すものであり、股関節と肩関節を結ぶ線と前腕の線がなす角度によって示される。
 投球時のしなりが大きいと、なぜ球が速くなるかというと、しなりが大きくなればボールを加速するための距離を大きくすることできるからである。肩関節外旋角度の最大値について調べると、2013年では150キロの投球で112度前後であったのに対し、2014年に160キロを投げた時には、おおよそではあるが角度が132度にも達していた。この比類なき大谷投手の値は肩周りの「柔軟性」が160キロを生み出す原動力になっていると言えよう。

 いま多くの人々の関心と言えば、大谷が今後「夢の170キロ」を出すことができるのかにあると思う。

 筆者の答えは「可能」でも「?(クエスチョン)」である。「可能」な理由として、169キロを記録した米メジャーの最速左腕、A・チャップマンと大谷を比較しても、先述した最大外旋角度が極めて近いからである。けれども、大谷が165キロの投球が打者に当てられたように、速いからといって、打者がかすりもしないのかと言えばそうではない。「速い球を投げる」=「打者をアウトに取る、勝てる」投手にならないところが野球の難しさである。

 その理由を示すと、投手が速い球を投げようとすると腕をしならせるため体幹を腕より先行させて胸を張る。そのため、早く体を回旋させる必要があり、打者とは早く正対することになる。さらに、大柄な投手であればあるほど腕が人より遠くを回るため、リリースを投球方向に向けるには右投手であれば体幹自体を一塁側に早めに倒す必要がある。

 メジャーリーグの大柄な右投手が投球後一塁方向へ倒れるのをよく見かけるが、それは体幹を倒さないと腕が捕手方向に振れないためである。そのため、大柄な投手が速い球を投げようとするときの問題点として、ボールが早く打者に見えてしまうことがある。

 早くボールが見えるということは、打者は投球の軌道予測がしやすくなり、たとえ速いボールが来たとしてもバットに当たる確率が上がってくる。そうであるならば、多少ボールの速度を遅くしても打者に投球の軌道を悟られないようにする。いわゆる球の出どころの見にくい投手の方が「勝てる」投手になることができる。

 大谷が170キロを投げることは「可能」であるが「?」としたのは、それを目指すべきかどうかという点では疑問だからである。チャップマンがそうであるように、大谷がクローザーとして「1イニング」だけ投げるのであれば、圧倒するような剛速球で並み居る打者を抑えることもできるだろう。クロ―ザーとしてであれば、より速い球を追求していく方が良いと思うが、先発完投型で毎試合ごと100球前後を投げるのであれば、打者をより効率的に打ち取るような投げ方をした方が良いと、筆者は断言する。
打者としても優れた大谷

 その考えもあったのだろう、2016年のシーズンではステップ幅を短くし、シーズン途中から投げる位置を高くして、オーバースローに近いスタイルで投げるようになった。それは150キロ中盤くらいのストレートとフォークボールが主体のピッチングである。実際に打席に立っていないので分からないが、このフォームの方が幾分、打者にボールが見えるのが遅れるはずである。比較的動作の効率も良く、身体に負担が少ない投げ方になっている。

 シーズン終盤、指の皮がむけるアクシデントもあって、シーズンすべてにおいて活躍できたわけではないが、150キロ中盤のストレートをコンスタントに無理なく投げられるのは日本人投手ではめったにお目にかかれない。大谷にとっては、前述したようなスタイルで投げ続けていれば、もっと「勝てる投手」にはなれる。もちろん、「夢の170キロ」は筆者も期待しているが、「勝てる投手」とのジレンマはこれからも続くだろう。

 一方、打者としての大谷の入団当初から優れている点といえば、高卒選手ではなかなかできない「インサイド・アウトの体に巻き付くようなスイング」がすでに身に着いていたところである。

 なぜ、インサイド・アウトのスイングが優れているかというと、基本的にスイング・スピードを大きくするためには、バット・ヘッドを加速させる距離を長くする必要がある。しかし、投球の判断など時間に制約のあるバッティングでは大きな弧を描くような距離の長いスイングは不利であり、なるべく短時間で加速させる必要がある。

 この加速とスイング時間の矛盾を克服できるのがグリップを先行させて後からヘッドが加速させるようにするインサイド・アウトのスイングである。このスイングによって、短時間で効率よくヘッドの加速距離を取ることができ、スイングスピードを大きくすることが可能となる。

 このインサイド・アウトのスイングを実現させるために打者の動作として必要なのが、投手から見て後ろにある腕の「肘のたたみ」、左打者の大谷で言えば,左肘先をスイング開始時にへそにつけるようにする動作である。しかし、この動作が難しいのは肘をへそにつけるような動作をすればするほど、同時に肩が落ちてしまうことである。

 肩が落ちるとバット・ヘッドも一緒に落ちてしまう。この一旦落ちてしまってからバット・ヘッドを加速させるのは重力に逆らうことになり、より大きなパワーが必要となる。この結果、スイング速度の低下を招いてしまう。そこで肩を落とさず、肘をたたむには肩甲骨周りの筋群のしなやかな動きが必要で、投手に必要な肩周りの柔軟性が打者、大谷にも活かされていると言えよう。

 さらに、彼の年を追うごとの変化についてみてみると、「図2」は2013年と2016年のバックスイングからトップにかけての動きを示したものである。そこから、大谷の「変化」を挙げるとするならば、16年では13年に比べて、トップ時においてバットを後方(捕手側)に約20センチ大きく引くことができている(大きいバックスイング)。つまり、16年の方がより大きく肩から腰にかけての「ねじり」を作ることができている点にある。
 大きなバックスイングを取ることにより、身体の回転半径が大きくなり、フォワードスイング時の身体の回転力が大きくなる。バックスイングを大きく取ることで、身体から遠いボール(アウトコース)においてもスイングスピードを落とすことなくバットが振れており、その結果左方向へのホームラン増大につながっている。
「二刀流」はいずれ選択を迫られる

 また、肩や腰のねじりは下半身の力を上半身に伝える役目と体幹自体の大きな力を生み出す役割がある。このねじる力がスイングスピードに貢献することが分かっている。こうしたねじりを活かしたスイングの変化は下半身や体幹の筋力増加、体重の増加が影響している。

 イチローのような細身の選手は体重が少ない分、下半身の回旋と上半身の回旋をほぼ同時に行い、一気に全身の力を伝える方法を取っているのに対し、約100キロの体重がある大谷は、下半身が安定しているため体幹のねじりから回旋を中心としたスイングができ、打つための大きなエネルギーを生み出すことができる。

オリックス戦で、6回に右適時打を放つ日本ハム・大谷翔平=2016年9月、京セラドーム大阪
 筆者が現在、大谷の打撃で似ていると感じているのが90年代にメジャーで5ツールプレーヤーとして活躍した「ケン・グリフィーJr.」である。実は彼の打撃練習を一度見たことがあるが、力感のないフォームなのにいとも簡単にホームランを飛ばし、さらに右、中、左と打ち分けることができる打撃を見て、唖然(あぜん)とした覚えがある。大谷との共通点は後ろの肘のたたみ方であり、あの柔らかく、しかも素早くたためる打撃フォームは非常にしなやかで美しく見える。

 ケン・グリフィーJr.と比較して、打者大谷に課題があるとすれば、インコースを打つときに体が若干一塁側へ流れる点である。このため、引っ張るべき球種やコースにおいて「パワーロス」がみられる。これは前の腕(右腕)のたたみ方が不十分なために、体を一塁側へ倒すことでボールとの距離を取ろうとしていることが原因であろう。大柄で手足の長い打者では誰もが苦しむ点であるが、大谷であれば時間が解決してくれるであろう。

 最後に今後の大谷に関して、日本、アメリカどちらで活躍するにしろ「二刀流」はどちらかの決断が迫られるであろう。その中で筆者なりに二刀流を継続する方法を探ると、クライマックス・シリーズで見られたようなDHの打者としてコンスタントに出場し、最後の1イニングの場面でDHを外して、クローザーとして投げることができれば、今後も継続可能なのではないだろうか。

 もちろん、毎試合投げるとはいかないだろうが、登板間隔をある程度空けることができれば、長く活躍することができるのではないだろうか。1イニングの全力投球だから、コンディションが整えば、夢の170キロも期待できるし、打者としても度肝を抜く打球を放つ大谷を多く見ることができるのも魅力となるであろう。

 いずれにしろ、今まで見たことがないプレーが期待できる選手である。今後も野球界をけん引する存在として期待しているが、彼がどう考えて「選択」するのか静かに見守っていきたいし、その選択を是非とも応援していきたい。

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