ケガの克服に「手術」を選ばなかった大谷翔平は間違っていない

『小林信也』

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小林信也(作家、スポーツライター)


 3月23日に閉幕した野球の国・地域別対抗戦ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、日本はベスト4に終わった。その大会に大谷翔平は足首の故障で出場を辞退した。「二刀流」で最速160キロ超の球を投げる、他に類を見ない大谷の代役はいなかっただけに、欠場の穴は大きかったといえる。そして大谷はケガの不安を残したままシーズン開幕を迎えた。

 WBC欠場の理由は右足のケガで、診断結果は「右足三角骨障害」と発表されていた。昨秋10月の日本シリーズで、一塁を踏んだ際に右足を痛めた。踵の上にある三角骨に何らかのダメージを受けた。休めば治ると思っていた痛みが、しばらくしても治らないため、詳しい検査を受けて「三角骨障害」とわかった。三角骨のかけらなどが遊離している場合、これを手術で取り除かないかぎり痛みは改善しないと、医学的には言われている。大谷も当然その説明を受けただろうが、現在まで手術は受けず、練習をしながら回復を待ったという。

投手としてWBC出場断念。会見に臨む日本ハムの大谷翔平 =1月31日、アリゾナ州ピオリア
 報道によれば、大谷の右足は常に痛いわけでなく、右足の踵を上げる動きをして、患部に負荷がかかるときに痛みを感じる。つまり、右投手が左足を上げて軸足一本で立ち、打者方向に重心を移動する際には痛みが生じる。それでは本格的なピッチングはできないだろう。その痛みをごまかすため、中途半端な動きで投球すれば、肩や肘、腰など、他を傷める二次的な故障も起こしかねない。バッティングの際、大谷は左打者のため軸足が左になり、右で打つより踵の負担は少なく、痛みも投げる時より気にならなかったようだ。

 気になるのは、時間の経過とともに、三角骨の故障が癒え、ピッチングもできるようになるのか?  昨季同様、いやそれ以上の快投、そしてバッティングを見せてくれることができるのかだ。

 医師や同様の経験を持つ元プロ野球選手たちは異口同音に手術を勧める。三角骨障害の場合、「手術以外に完治の道はない」と。見解はほぼ一致している。しかし、今日に至るまで、大谷は手術せず、今後も手術に踏み切る様子は今のところない。

 手術をすれば、復帰までに早くても2、3カ月、通常は半年かかると医師たちは言っている。いま手術をすれば今季の活躍は難しくなる。大谷は今季の活躍を最優先して手術を回避しているのか? そういう選択は賢明な大谷ならしないだろう。たとえ今季限りで日本球界を後にしてメジャー・リーグに渡る決意を固めているにせよ、最後の奉公のために痛みを押し、未来に暗雲を投げかけるまでの危険を冒す選択はしないはずだ。

 では、なぜ大谷は手術という選択をしないのか。

 西洋医学が発達し、当然のように社会に定着している現在の日本では、「手術をすれば治るのに手術をしない」という考えはなかなか理解されない。けれど、「ガンは手術しないほうがいい」という考え方も一方で広がっているように、実は手術が絶対でないのも事実なのだ。
ケガを乗り越える過程に意味がある

 野球界でも、手術に対する抵抗感は根強くあった。「投手は一度肘や肩にメスを入れたら、投手生命を失う」という定説は深く信じられてきた。それを打破し、新たな歴史を作ったのが「トミー・ジョン手術」の名で知られる、ドジャースのエース(当時)、トミー・ジョンと執刀した故ジョーブ博士。その後、数えき多くの投手が手術を受け、復帰した。

 日本球界では村田兆治がジョーブ博士の手術を受けて復活し、引退後も140キロを超える速球を投げてその手術の成果を証明した形だ。このため、今となっては、「手術に抵抗がある」という考え方そのものが「もう古い」とされ、大谷のように手術にすぐ踏み切らない考えを疑問視する方が大勢だ。が、この機会に、手術への盲信を考え直しても良いのではないか。大谷はそういうメッセージを発信する形になっているのではないかと私は感じる。

オープン戦最終戦日本ハム対ヤクルト。三回、日本ハム・大谷翔平は三邪飛=3月26日、札幌市・札幌ドーム


 海の向こうでは、一昨年、田中将大(ヤンキース)が肘痛で戦列を離れた。当然のように球団からは手術を勧められたが、田中は手術をしなかった。そして昨季は見事に復活、今季もまた開幕投手の栄誉を担う勢いだ。ダルビッシュ有は手術し、復帰した。昨季ソフトバンクに復帰し15勝を挙げた和田毅も、アメリカに渡ってすぐトミー・ジョン手術を受けた経験の持ち主だ。このように、両方の選択がある。

 しかも、手術は絶対ではなく、手術後活躍できなかった選手、わずかな期間で引退に追い込まれた例も少なくない。

 私が重要だと思うのは、選手の心技体を総合的にサポートするスペシャリストの存在だ。日本人の身体を熟知し、短期中期長期、あらゆる展望を踏まえ、選手とともに歩むべき道を助言できる存在は少ない。選手たちはそうした存在を求めて、これはと思う医師やトレーナーに身も心も託す例がここ数年は増えている。

 一時的にはうまくはまって成果が出る場合もあるが、大きな観点を持って、その選手の潜在的な素質を飛躍的に触発した例は少ない。医師は西洋医学を、ストレングスコーチは筋力を、日本的なトレーナーはケガの治療を専門にするからどうしてもその観点に重きを置いてしまう。

 かつて有名選手の信頼を受けて多くのスポーツ選手や芸能人たちをサポートしていた有名医師は、結局多くのクライアントを薬物依存にしてしまった。薬や手術への盲信は一方でそのような懸念もある。

 大切なのは、この痛みから何を学ぶか、何が変わるか。実は、ごまかしではなく、右足の痛みが出ないようにする、正しい身体の使い方、力に頼らない左足の上げ方、重心移動の方法がある可能性もある。それが身につけられたら、ケガの巧妙どころか、「162キロの速球を投げても打者に当てられる」という、大谷の最大の課題に対する答えが見つかり、「消えて見えない」ような速球を投げる投手にさらに変貌するきっかけになるだろう。果たして、大谷がそういう志を持って、ケガと向き合っているのかどうか。助言者たちの力量も含め、このケガを乗り越える過程には大きな意味がある。


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