小林信也(作家・スポーツライター)

 新横綱・稀勢の里が、「奇跡」と形容された逆転優勝を飾り、相撲人気がさらにボルテージを増している。場所前からのフィーバーは、稀勢の里連勝でさらに燃え上がったが、同時に新たな遺恨の様相が表面化した。稀勢の里を中心とする日本勢と白鵬、日馬富士らのモンゴル勢の「洒落にならない対立」の様相が深刻化しているという。

大相撲春場所13日目。横綱日馬富士(左)に寄り倒され、初黒星を喫した横綱稀勢の里。土俵下へ落下し、左肩から胸部付近を負傷した=3月24日、エディオンアリーナ大阪
大相撲春場所13日目。横綱日馬富士(左)に寄り倒され、初黒星を喫した横綱稀勢の里。土俵下へ落下し、左肩から胸部付近を負傷した=3月24日、エディオンアリーナ大阪 
 そういえば、連勝街道を走り、早くも大横綱の風格を感じさせた稀勢の里を、厳しい相撲で負傷させ、一気に奈落の底に突き落としたのは日馬富士だった。意図的とは言わないが、ただならぬ厳しさがあったのは、ただの相撲の一戦ではなく、それ以上に腹に抱えるものがあったからだと指摘する関係者は少なくない。

 これが土俵上の勝負に徹したライバル心なら歓迎するが、どうやら、土俵外での感情的な対立が背景にある。それも、当事者同士というより、相撲協会が絡んだいざこざだというから、あまり歓迎できるドラマではない。

 本場所では、優勝争いの相手となった照ノ富士に対して、「モンゴルへ帰れ!」のヤジが飛んで物議を醸した。どうして日本人はこう単純なのだろう。浅いといった方が的確か。かつてのプロレスに見られたような単純な善玉・悪玉の構図、日本人が外国人を倒す姿を見て溜飲を下げるという、短絡的な心情がいまも生きているとしたら、あまりに了見が狭い。調和の時代に逆行する島国根性と言われても返す言葉がない。

 日本人横綱の誕生は若乃花以来、約19年ぶり。貴乃花が2003年1月に引退してから14年もの間、日本人横綱の不在が続いた。その間、大相撲を支えてくれたのはモンゴル勢だった。貴乃花引退の次の場所から横綱に昇進し、一時代を築いたのは朝青龍。貴乃花の22回をしのぐ25回の優勝という記録が、朝青龍の大相撲への貢献を物語っている。続いて大相撲の看板力士となったのは白鵬だ。双葉山に迫る63連勝を記録し、優勝回数は37回と歴代最多記録を更新した。白鵬なしに、この10年の大相撲はありえなかった。そうした感謝、敬意があれば、照ノ富士に対して「モンゴルへ帰れ」とは決して言えないし、笑えない。日本人はそのような謙虚さ、わきまえさえ無くしたのか。

 新横綱誕生の瞬間から日本列島に伝播した稀勢の里熱は、やはり「日本人横綱」への期待が根強くあったこと、多くの相撲ファンが、モンゴル勢に占領された形の相撲界に欲求不満を覚えていたことを明らかにする形ともなった。稀勢の里の大逆転優勝で、そうした日本の相撲ファンたちも、少し浮かれ気分で、久々の上から目線を謳歌している……。