古谷経衡(著述家)


“騒動世論”のゆくえ


 そろそろ、連日の森友学園(籠池問題)騒動(あえて私は騒動と呼ぶ)に嫌気がさしている人々も多いのではないか。かくいう私もその一人である。はじめ私も森友の騒動に興味を持っていたが、結句この事案は司法官憲に任せるところにより、これ以上の追及は却って難局を極める国政の停滞を招くのではないか―。そう思っていたら、3月30日の朝日新聞に我が意を得たりのコメントを自民党の山東議員がしていたので一部引用する。

 国会は天皇の退位の問題だとか、テロ対策など様々な重要案件がたまっており、とにかく早く別の案件に入るべきだ。(籠池氏を)偽証罪で訴える動きが(与党からも)出ているが、籠池という人物が、よほどの大人物であるかのようになってしまうんではないか。かえって国会のレベルが低下してしまう。司法の場に任せるべきだと思う。

出典:籠池氏を告発「国会のレベルが低下する」 自民・山東氏、一部括弧内短縮、強調引用者

 まっことぐうの音も出ない正論とはこのことであろう。そも、森友騒動の中心人物・籠池氏(或いは夫妻)は、どこにでもいる典型的なネット右翼(以下3条件)の一種に過ぎない。

 1)既存メディアへの敵視と被害者意識=反NHK、反朝日、2)「在日朝鮮・韓国人による加害」という妄想、3)事大主義=昭恵夫人への一方的思慕と、安倍総理への執着

 など、籠池夫人と昭恵夫人のメールのやり取りからでも分かるように、籠池夫妻は絵に書いたような、古典的ネット右翼の世界観をトレースしている。この夫妻の言を「証拠」として、現政権への擁護・または批判に使おうというのが、そもおかしいのではないか。それはネットのまとめサイトを根拠にして卒論や修士論文を書くのと同じくらいの愚挙である。


“籠池証言”はソースに値せず


 「親安倍勢力」は、籠池氏の「昭恵夫人からの100万円の寄付」を嘘だと言い、かつ籠池夫人のメール文中にある辻元清美氏の関与についてクローズアップしている。一方「反安倍勢力」は、同様に籠池氏の証言を真実として「忖度」という言葉を盛んに使い始めている。

 が、私からすれば、殆ど妄想と空想で成立しているこの夫妻の言を、あらゆる場面で「証拠」として採用すること自体が土台おかしいのである。「国会の場だから、偽証罪に問われるのだから、正直に話すはずだ」と思っていたとしたら甘い。そんな損得勘定が通用する相手ではない。そもそもそんな損得勘定ができる人物であったのなら、批判が集中するであろう教育勅語斉唱や中・韓への蔑視などの偏向的教育方針を貫徹しないはずである。
国会で「証言」する籠池氏(写真:ロイター)
国会で「証言」する籠池氏(写真:ロイター)


 資本主義的営利という「損得」を追及するなら、無難な政治的に無色の幼稚園や小学校(院)の運営を志向するのが当然のはずだ。損得勘定ができず、他者からの批判をすべて「反日メディアの工作」「在日韓国・朝鮮人の仕業」と決めつけ、頓狂なイデオロギーに突き進むところが、彼らの異様な直進性を表している。だから「嘘を言えば罪に問われる場で、ウソを言うはずはない」という損得理論は、籠池氏には通用しないと私は考える。

 同学園の塚本幼稚園と籠池氏は5,6年前から一部のネット右翼界隈で有名であったが、当時世間的には知名度はゼロに等しかった。この種の、小ブルジョワともいうべき中小の自営業者が後天的に右派的な世界観に「目覚め」ることはよくあり、また本件ではその「覚醒」のエネルギーがたまたま幼稚園・小学校(院)など教育方面へと向かったというだけで、籠池氏のようなネット右翼的世界観を有した小ブルジョワは、一般に可視化されていないだけで、この国の主要都市とその郊外に至る所に存在する。そしてすでに詳報したように、それを賞賛する一部の「保守系言論人」が毎度ルーチンの如く取り巻いている事もまた、よくある光景なのである。