特に、若者のセックスへの興味が減退しているという風潮については、無駄なセックスをして性感染症などにかかり、妊娠しづらくなっていた私たちの世代のような失敗がないし、セックスについてある程度冷静であるという点では効率的な子作りを割り切ってするようになるのではないかと個人的に思っている。そういった意味でもセックスレスと少子化の相関関係について私は甚だ懐疑的である。

 故に、私は年がら年中セックスばかりしていそうなギリシャやフランス(Durex社2005年の調査ではセックス頻度がいずれも年に120回超)の真似をする必要は別にないし、セックスをあまりしないという国民性によって発展を遂げてきたエロ産業に誇りを持っても良いのではないか、と半ば本気で思っている。それは私自身がAV産業育ちであり、そのオナニー大好きな国民性によって支えられたバックボーンがあるからという事情ももちろんある。
※写真はイメージ
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 ただ、人間が「放って置いてもする」とされるセックスをあまりしないというのはやはり不自然であることには間違いない。私は対処すべき問題が大きく分けて二つあると思っている。

 第一に、これは初交年齢の上昇や性経験のない20代の増加などに関して特に言えるのだが、セックスをしようという努力と、セックスをしたいという原動力に欠けるのであるとしたら、それは大きな問題である。全ての欲望は性欲につながる、とは極端な言い方だが、学歴をつけ社会で出世する、に始まり、自分のアピールポイントを見つける、容姿に気を使う、人に好かれる努力をする、など多くの善行と消費の根底では「異性に好感を持たれたい、あわよくばセックスしたい」という欲求がかなりのウェイトを占めるのは間違いない。

 セックスをしたい、またはしてみたいが、機会に恵まれないのであればそれは何かしらの原動力になり、さらなる努力の後押しになる可能性があるが「セックスに興味がない」のであれば、これといって人に好かれる必要がない、究極的には社会で居場所を確保し、さらに上昇する必要がないということになる。

 したくないセックスを強要することはできないが、それならば、それに代替するほどに強力な自分へのドライブの掛け方、原動力、やる気の源のようなものが必要に思えるが、現在のところ、それほど見当たらない。若者のSNSでの言動などが際立って「どこか斜に構えている」感じがするのはそのせいなのではないかと私には見える。