日本人のセックスは「世界一コスパが悪い」らしい

『山田昌弘』

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山田昌弘(中央大学文学部教授)

 21世紀に入って、日本のセックスレス化が止まらない。若者から中高年夫婦に至るまで、さまざまな調査データが、日本社会でセックスする人が減少し、セックスへの関心が低下していることを示している。
 2015年に実施された出生動向基本調査によると、若者で言えば、未婚率が上昇しているだけでなく、近年は、交際相手がいない人が増え、未婚者(18-34歳)で恋人がいる人は、男性で約2割、女性で約3割である。その上、交際相手がいない人の中で、交際相手が欲しいと思う人は半数を割ってしまった。性体験率も低下している。

 性体験がない人の割合は、20-24歳で男女とも約47%で、2002年の数字(男性34%、女性36%)にくらべ大きく上昇し、男性では1990年以前を上回ってしまった。(第16回出生動向調査・国立社会保障人口問題研究所)。さらに、家族計画協会の調査でも、性に関心をもたない人(既婚者含む)は、20代前半で男性21%、女性39%と2008年の数字(男性11%、女性25%)に比べ大幅に上昇している。恋人が欲しい、性体験したいという意欲までも低下しているのである。

 セックスの不活性化は、中高年夫婦にも及んでいる。家族計画協会の調査、そして、日本老年行動科学会セクシュアリティ研究会の経年調査でも、過去の調査に比べ、近年セックスレス夫婦が全世代で増加していること、夫婦間のセックス頻度が減少していることを示している。また、先に述べた出生動向調査の夫婦調査でも、夫婦間で避妊実行率は低下しているのに、妊娠率が低下していることも、夫婦間の性行動が不活発になっていることの傍証として使われている。

 そして、これらの結果は、諸外国からも注目を浴びている。もともと日本人夫婦のセックス頻度は、世界最低と言われていた(英国コンドームメーカー、デュレックス社調べ)。欧米人からセックスがひと月なければ普通離婚を考えるだろうとか、セックスがなくて夫婦で何の楽しみがあるのだと揶揄されたこともある。

 その日本でさらに、セックスレスが増えているというので、私のところには、欧米からの講演や取材依頼が殺到している状況である。2016年にイギリスで講演したときは、回答者はウソをついているのではという質問が来たが、先ほどの挙げた多くの調査では、昔の調査と比較したデータをとっている。調査でウソをつく人が近年、特に多くなったとは思えない、とも回答しておいたが…。
欧米人には分からないセックスレスの理由

 日本は、伝統的に恋愛や性に対する関心が薄いという人もいる。しかし、私はそれは間違いだと思う。「万葉集」や「源氏物語」などを読めば、奈良時代や平安貴族の恋愛や性行動はけっこう奔放だったことが分かる。江戸時代には、西鶴が好色物語を書き、春画が流通していた。俳人小林一茶の日記には、毎日何回セックスしたか記されているが、一茶は晩年になっても毎日のようにセックスしていたことが分かっている。このような例をみると、日本人は伝統的にはセックスに寛容で楽しんでいた民族だと言ってもよい。

 戦後、1950年ごろまでは、今とは反対に人口政策のテーマは「人口抑制」であった。政府は、人工妊娠中絶をやりやすくし、避妊を普及させようとした。当時は、兄弟の数が平均4、つまり、夫婦は性的関係をもってどんどん子供が生まれていたのである。
 それが近年、特に21世紀に入ってから、未婚者も既婚者もセックス回数は減り、性に関する興味関心も低下してしまった。この原因に関しては、さまざまな説が唱えられている。若者に関しては「経済的に余裕がなくなった」「妊娠や性病の恐ろしさを強調する性教育で性や恋愛に関する恐怖心が植え付けられた」「ポルノがネットで簡単にみられるようになりセックスに対する好奇心が薄れた」「恋愛の失敗を恐れて消極的になっている」などの説がある。既婚者では「長時間労働で仕事が忙しくて暇がなくなった」などの説があり、いま私も含めた研究者が調査データを詳細に分析している。

 私が、一番大きな要因だと思うのは、恋人や夫婦の間でセックスが「面倒くさいもの」となったというものである。そして、この「面倒くさい」というキーワードは、英語に相当する言葉がなく、欧米人に説明してもなかなか分かってくれない日本特有の概念なのだ。

 お互いにセックスを「楽しむ」ためには、さまざまな努力や相手に対する気遣いが要求される。ただ単に身体的な満足だけではなくて、お互いの体に働きかけ、濃密にコミュニケーションが必要である。未婚者にとっては、その上に、恋人になってセックスできる関係にたどり着くという努力が要求される。これが面倒くささの背後にある。

 つまり、恋人や夫婦同士でセックスを楽しむに至るプロセスは、けっこう面倒であることがわかる。それでも、世界の人々、20世紀までの日本人の多くは、その面倒くささを乗り越えていたのだ。では、なぜ21世紀に入ると、セックスを面倒だと思う日本人が増えてきたのか。

 それは、恋人や夫婦間のセックスが、「コストパフォーマンスが悪い」と考えられるようになってきたと考えられる。つまり、セックスで得られる満足が、セックスにかけるコストを下回ると意識されるようになったのだ。それには、3つの理由が考えられる。順に述べていこう。
ロマンスや性欲は面倒くさくない外部で楽しむ未来

(1)恋人や夫婦間のセックスによる満足が至高のものだと考えられなくなったこと
 近代社会は、「恋愛」に至高の価値を見いだしてきた。お互いに好きになった同士(異性でも同性でも)が、セックスを伴った恋愛によって結ばれることが、生きる意味、時には経済的成功以上の意味を持つというイデオロギー(「恋愛至上主義」)が存在していた。だから、いくら面倒であっても、それを追求するのが人生にとって必要なこととされたのだ。欧米では、このイデオロギーが優勢である。

 しかし、日本では、近代社会になっても、カップル間の関係が至上のものだとする「恋愛第一主義」の価値観が、普及しなかったのではないか。すると、恋愛関係におけるセックスは、「特別」なことではなく、「あったらいいけど、なくてもよいもの」、つまり、コスパで考えてもよいものとなったのが、セックスレス化の背後にあると考えられる。

(2)恋愛のコストの上昇
 一方だけではなく、セックスによって、相手と自分の双方が身体的、精神的に満足することは、けっこうコミュニケーション努力を要する。そして、今、日本社会では、「空気を読む」など、仕事や友達関係で気遣い要求されることが多くなっている。そうすると、プライベートなセックスで、感情的努力をするコストが。ただ、仕事時間が長時間だからではなく、仕事で感情的努力を要求されているので、セックスの場までそのような努力をするのが、面倒くさくなっているのではないか。これが、第二の理由である。
(3)コスパのよい性欲満足代替手段の発展
 そして、恋人や夫婦とのセックス以外で「コスパのよい性的欲求の満足手段」が発展していることも背後に存在している。

 私がバーチャル・ロマンス、バーチャル恋愛といっているように、ポルノや性風俗、キャバクラ、メイドカフェに至るまで、疑似恋愛、性的満足を充足させる産業が発展している。お金さえ払えば、断られることなく、相手に気遣うこともなく、身体的性欲だけでなく、恋愛気分に浸ることも含めて、性的に満足することができる。何より、面倒くささを回避できる「コスパのよい」性的満足代替手段が存在している。

 この「恋愛至上主義が普及しなかったこと」「恋愛の面倒くささが相対的に大きくなっていること」「夫婦や恋人とではないコスパのよい代替手段が発達していること」、このような要因が組み合わさって、日本のセックスレス化を促進させているのではないだろうか。

 夫婦は経済的関係で子供を育てる共同経営者、ロマンスや性欲は面倒くさくない外部で楽しむ。このような社会に日本が向かっているのかもしれない。

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