落合道夫(東京近代研究所代表)

 今後、今上陛下が譲位されると改元が行われる。改元はすでに元号法があるので問題ないが、内外の反日勢力が元号反対の宣伝をすると思われるので、我々は、元号について基本的なことを知っておく必要がある。一言でいえば、西暦は「道具」であり、元号は「日本民族の文化」である。元号は現代社会から隠され気味であるが、国家の独立、日本人の歴史、生活、文化、精神に深い関係がある。ぜひ元号を意識して使いたい。

 過去、元号制度に反対し、元号を奪おうとしたのはキリスト教勢力と左翼であった。キリスト教徒の狙いは日本のキリスト化であり、左翼の狙いは天皇の権威を失墜させることであった。これは自分たちが天皇に取って代わり、日本の支配者になろうとしていたからに他ならない。一方、元号維持派の目的は伝統文化の維持であり、実際の年数の管理方法としては西暦との併用である。
天皇誕生日の一般参賀で、訪れた人たちに手を振られる天皇、皇后両陛下=2016年12月
天皇誕生日の一般参賀で、訪れた人たちに手を振られる天皇、皇后両陛下=2016年12月
 
 この問題の分析で参考になるのは1950年の参議院文教委員会における元号廃止法の動きと79年の元号法制定時の国会討議における賛否の意見である。以下、時の概念、時点と紀元の機能、我が国における元号の歴史を考察する。

 時というのは自明のようであるが、物理学者の佐治晴夫氏によると、ナーガルジュナ(龍樹、2世紀のインドの哲学者)、アウグスティヌス、道元禅師は次のように理解していた。すなわち「過去は過ぎ去り存在しない。未来はまだ来ていないから存在しない。現在は過ぎ去ることのない唯一の時間」である。さらに道元は「過去も未来も現在に包含される」と述べた。だから時間とは人間の幻想にすぎないのである。

 しかし、人間は農作業など生活の必要上暦を作り、時間を計るために時計を作った。そして時点の意識が社会的に拡大して、皇帝治世の何年という考えとなり、その期間感覚から歴史の起点(紀元)を考えるようになったのだろう。

 この始点(紀元)を世界的に見ると、統治者個人によるものとユダヤ、キリスト、イスラムなど宗教指導者を頂(いただ)く紀元がある。これらは世界に20以上あり、各文化圏で使われている。中東の新聞の日付けはイスラム暦が主であり、キリスト歴は従である。

 日本人が西暦と呼ぶ暦は、キリスト教のイエスの生誕を紀元とする宗教歴史観である。統治者を頂く紀元の年は一代限りで振り出しに戻る。しかし、宗教指導者は永遠だからそのまま続く。ただ、キリスト教徒は、紀元のままだと年数が長すぎるので百年ごとに区切った。それが「世紀」である。だが、機械的で人間味がないので、さらに生活の記憶で区切ることにした。それが時代である。これは巻き尺と物差しのようなものだ。

 米国ではさらに10年ごとの区分もあるが、英国では統治者にちなんで呼ぶ。ビクトリア女王の統治した時代はビクトリア朝時代だ。時代の名前が統治者にちなむのは、それが国民にとって共通であり便利だからなのだろう。極めて自然発生的だ。だから、元号反対論者が言うような、統治者が国民に時代(元号)を押しつけるわけではない。