櫻田淳(東洋学園大学教授)

 安倍晋三首相は、衆議院解散・総選挙断行を表明した。解散の事由として消費税再増税の扱いが語られ、それが経済全般に及ぼす影響については、既に多くのエコノミストがさまざまな評価を下している。筆者は、その評価の当否を判断する知見はないけれども、安倍首相が採った解散・総選挙という「政治術策」の意味について、以下のように所見を示し得る。

 そもそも、解散・総選挙とは何か。それは、その時々の内閣の政権運営に「燃料」を充填(じゅうてん)する機会である。

政策断行に必要な求心力


 中曽根康弘内閣時の「死んだふり解散」にせよ小泉純一郎内閣時の「郵政解散」にせよ、そうした機会をいかした宰相は、その後の政権運営に際しての求心力を高め、自ら願う政策を断行できた。国鉄分割・民営化や郵政民営化は、その事例である。

 然るに、もし、安倍首相やその周辺の人々が財政再建の観点から消費税再増税の必要を感じていたとしても、内閣改造後にあらわになった政権の「息切れ」状態の下では、再増税の決断を下すのは難しい。消費税再増税を決断する材料は、経済指標だけではない。

 仮に、現在の政治環境の下で消費税再増税を既定方針通りに来年10月に行うならば、それは、衆議院議員の任期満了まで1年2カ月を残した時点での政策対応になる。それは、「次の選挙」への負の影響を考えれば、確かに手掛け難い対応である。

 しかしながら、今、選挙を済ましてしまえば、2017年4月に先送りされる再増税は、衆議院議員の任期の折り返し点を過ぎた辺りで行われることになる。消費税増税に代表されるように、有権者に嫌われる政策対応は、政権の勢いがある「任期の前半」に敢然と行うべきものであって、「次の選挙」の声が近づく「任期の後半」に半ば追い込まれるようにして行うものではない。

 いくら必要度の高い政策であっても、安定した政権基盤の裏付けを持たない限りは、それを円滑に遂行するのはおぼつかない。

 1つや2つの政策の実現に、自らの内閣を心中させることを厭(いと)わないという姿勢は、実は国政全般を差配する宰相にふさわしいものではない。

順調に展開された安倍路線


 そうであるならば、此度(このたび)の解散・総選挙が消費税再増税を確実に行うための仕切り直しとみることは、十分に可能なのではないか。

 安倍首相の2度目の執政の意義は、経済の再生と安全保障の確保を着実に進めるという趣旨で、平成版「富国強兵」路線とでも呼び得るものを貫徹することでしかない。過去2年、その平成版「富国強兵」路線はおおむねつつがなく展開されてきた。

 「富国」に関していえば、執政の重要課題として語られた「デフレ脱却」への道筋は着実に付きつつある。無論、「地方の疲弊」や「格差の拡大」を指摘した「アベノミクス」批判は折々に示されているけれども、それは、日本経済の全般的な再生が図られてこそ対応できる政策課題ではないのか。

 「強兵」に関していえば、その前提となる対外政策は、目立った瑕疵(かし)を作ることなく順調に展開されている。「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」の名の下に、特に米豪印3カ国や東南アジア諸国連合(ASEAN)、さらにはロシアや欧州諸国との「縁」を固め直したことは、安倍第2次内閣の明々白々な業績として評価されよう。

 唯一の懸念材料として語られた対中関係もまた、先刻の日中首脳会談の開催によって「雪解け」への兆しが見えたところであろう。

不合理といえない解散・総選挙


 此度の総選挙の結果、自民、公明両党が現有議席を減らしたとしても、政権を維持するであろうというのは、平凡な予測にすぎない。民主党が民主党内閣期の悪印象を払拭するには、2年という時間は短過ぎる。また、みんなの党や維新の党を含む他の「非共産主義・社会民主主義系」野党に至っては、過去2年の離合集散の結果、「何だかよく分からない」存在になってしまった。

 この選挙をくぐり抜ければ、安倍内閣の実質上の任期は、2018年まで延びることになるであろう。安倍首相にしてみれば、平成版「富国強兵」路線を貫徹する際、国民の信任を直に確認し自らの政治基盤を確固にする上では、解散・総選挙という過程を経るのは、決して不合理とはいえないのであろう。

 選挙後、平成版「富国強兵」路線の展開のために具体的に採られる政策対応が何であるかを注視するのが、建設的な姿勢であるかもしれない。

 ゆえに、此度の解散・総選挙に際して問われるべきは、消費税再増税という1つの政策への個別的な評価ではなく、過去2年に展開された平成版「富国強兵」路線への全般的な評価である。

 平成版「富国強兵」路線を進めるのか、それとも抑えるのか。今後、4年の日本の「位置」を決める選択の機会が迫っている。 

櫻田淳(東洋学園大学教授)
 1965(昭和40)年、宮城県生まれ。北海道大学法学部卒、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。衆院議員政策担当秘書などを経て現職。専門は国際政治学、安全保障。著書に「国家への意志」「『常識』としての保守主義」など。