されども、オバマ政権にとっては、ムバラク政権は単に「非民主的」であり、彼の追放劇を見ることはこの上もない愉悦だったのである。

 皮肉にも、現在のエジプト政権(2013年に宗教原理主義のモスレム同胞団政権をクーデターで打倒した軍事政権)が続けている、「国内反政府集団」に対する取り締まり、たとえば大量無期限留置や闇処刑などはムバラク時代と「人権無視度」において特段の隔たりはない。

 しかし、「IS(イスラム国)」が世界を撹乱するようになって以後の米政権にとって、今のエジプトは黙認できる政体に評価が変わった。彼らが自国内のISやアルカイダ系の運動を弾圧することで、米国民を間接的に守っていると思えるからである(ただ、シナイ半島でイスラエルを困らせている点については今後大きな問題になるだろう)。

オバマ時代の空母派遣と今回の類似


 2010年のオバマ政権は、北朝鮮を「まだ放置しておいてよい国」と判断している。
 
 回顧しよう。第1期オバマ政権の2年目にあたる2010年11月23日、北朝鮮軍が突如、韓国の延坪島を砲撃した。このときオバマ大統領は、朝鮮半島に米海軍の空母艦隊を向かわせる姿勢を「演出」したものの、何の攻撃も命じなかった。グアム島所在の戦略爆撃機の動きと同様、ただ西側のテレビのニュースショーに映像ネタを供給しただけだった。最初から「戦争する気などなかった」のである。

 だが、オバマ氏にはその「余裕」が許された。彼の下には、北朝鮮が数年以内に「核弾頭付きICBM」を持つことなどは到底できやしないと確信に足り得るだけの情報が集まっていたからである。つまり「核兵器で米国を脅せるようになった北朝鮮の処分」という難題は、次の誰かの政権に先送りしてもよかったのである。

 だが、トランプ氏には、問題の先送りが難しい。いくらなんでも、あと8年もあれば、初歩的な北朝鮮製のICBMが1基か数基ぐらいできたとしても不思議ではない。その弾頭はおそらく低出力(せいぜい数十キロトン)のできそこないの強化原爆で、上昇中にロケットが折れたり、大気圏再突入時に弾頭が燃え尽きたり、不発に終わったり、狙った大都市から大きく外れる蓋然性も高いだろう。
トランプタワーを張り込む報道陣=2017年1月14日、NY(南澤悦子撮影)
トランプタワーを張り込む報道陣=2017年1月14日
 
 メガトン級でないキロトン級のICBMが現代の大都市域を数十キロメートルも外れれば、与える損害はあっけないほどに小さくなる(だから1950年代の米戦略空軍は、メガトン級の水爆を重さ2トン未満に軽量小型化できる技術的見通しが得られるまでは、ICBMの配備など無意義であるとして当初開発を閑却していた)。しかし、想定リスクとしては、ニューヨーク市中心部に「トランプ・タワー」を構える米大統領が、無視を決め込むレベルではなくなっているのである。

 もし、マンハッタンの上空1千メートルか、それ以下の高度で1発でも原爆が爆発すれば、トランプ大統領は、自身の本拠地であるマンハッタンをむざむざ人の住めない街にさせてしまった責任者として、米国史に汚名を刻んでしまうのである。

 北朝鮮は、出力がメガトン級ながら重さ2トン未満の水爆を持ってはいない。そのような実験も当分できないだろう。核武装国であるインドやパキスタン、イスラエルですら、そんな高性能の水爆を開発できないのである。

 個人的には、北朝鮮は広島、長崎級の実用原爆すらもまだ保有してはおらず、核分裂爆発実験は2006年10月に装置型を一度成功させたきりで、後の「地下実験」はすべてフィズル(過早破裂による不完爆)におわっているか、硝酸アンモニウム肥料爆薬を地下坑道で発破したフェイク(偽装地震波発生)であろうと見ている。しかし、本稿ではあえて流布されている宣伝や憶測に付き合うことにする。

 北朝鮮が、出力数キロトンの原爆弾頭を、なんとか全重1トンに抑え、それを載せてかろうじてニューヨークまで届く多段式の弾道ミサイルの先端に、搭載できたものと仮定しよう(これは仮定の上に仮定を重ねた、技術相場値の上でほとんど考え難い想定であることはなおも強調しておく)。

 実験試射であれ、実戦攻撃であれ、まず、その大型の弾道ミサイルを垂直に立てて発射しなければならない。ここで北朝鮮は、解決不可能な難問に直面してしまう。