金正恩にとって米国まで届く核ミサイル保有は、単なる取引の材料ではない。祖父金日成が立てた対南赤化戦略の支柱なのだ。したがって、ハース会長が言うような「核ミサイル開発の凍結」を金正恩が約束したとしたら、それは詐欺だ。金正日がそうしたように、口では約束をして制裁解除や支援を得ながら、隠れて開発を続けるだろう。

 私がそのように確信するに至ったのは次の経験があるからだ。1998年北朝鮮がテポドン1を発射したとき、私は当時韓国の空軍大学教授だった李チョルス氏に会いに行った。彼は1996年ミグ19に乗って韓国に亡命した元北朝鮮人民軍のパイロットだ。私は李元大尉に北朝鮮軍の戦略の中で核ミサイルはどの様な位置づけをされているのかと質問した。すると彼は私の顔をじろじろと見つめながら「あなたは本当に北朝鮮問題の専門家ですか。なぜ、このような基礎的なことを尋ねるのですか」と言いながら次のように語った。

 「自分たち北朝鮮軍人は士官学校に入ったときから現在まで、ずっと同じことを教わってきた。1950年に始まった第1次朝鮮戦争で勝てなかったのは在日米軍基地のせいだ。あのとき、奇襲攻撃は成功したが、在日米軍基地からの空爆と武器弾薬の補給、米軍精鋭部隊の派兵などのために半島全域の占領ができなかった。第2次朝鮮戦争で勝って半島全体を併呑するためには米本土から援軍がくるまで、1週間程度韓国内の韓国軍と米軍の基地だけでなく、在日米軍基地を使用不可能にすることが肝要だ。そのために、射程の長いミサイルを実戦配備している。また、人民軍偵察局や党の工作員による韓国と日本の基地へのテロ攻撃も準備している」

 彼はすでに1992年金正日が命じて北朝鮮人民軍は対南奇襲作戦計画を完成させていると話した。李元大尉の亡命の翌年、1997年に労働党幹部の黄長燁氏が亡命した。黄長燁氏がその作戦計画について次のように詳しく証言している。

北朝鮮の3月7日付労働新聞が掲載した、4発の弾道ミサイル同時発射の写真(共同)
北朝鮮の3月7日付労働新聞が掲載した、4発の弾道ミサイル同時発射の写真(共同)
 1991年12月に最高司令官となった金正日は人民軍作戦組に1週間で韓国を占領する奇襲南侵作戦を立てよと命じ、よく92年にそれが完成した。金正日は作戦実行を金日成に提案したが、経済再建が先だと斥けられた。当時まだ核ミサイルが完成していなかったことも金日成を躊躇させた理由の一つと考えられる。

 作戦の中身は、概略以下の通りだ。北朝鮮は石油も食糧も十分備蓄できていないから、韓国を併呑する戦争は短期決戦しかない。1週間で釜山まで占領する。まず、韓国内の米韓軍の主要基地を長距離砲、ロケット砲、スカッドミサイルなどで攻撃し、同時にレーダーに捕まりにくい木造のAN2機、潜水艦・潜水艇、トンネルを使って特殊部隊を韓国に侵入させて韓国内の基地を襲う。在日米軍基地にもミサイルと特殊部隊による直接攻撃をかける。

 それと同時に、米国にこれは民族内部の問題であって米軍を介入させるなと、また、日本に在日米軍基地から米軍の朝鮮半島への出撃を認めるな、それをするなら核ミサイル攻撃をするぞと脅すというのだ。韓国内に構築した地下組織を使い大規模な反米、反日暴動を起こしながら核ミサイルで脅せば、米国と日本の国民がなぜ、反米、反日の韓国のために自分たちが核攻撃の危険にさらされなければならないかと脅迫に応じる可能性があると彼らは見ている。