安倍政権の経済政策が良いか悪いかではなく、安倍政権の瓦解を目指して経済を悪化させる。これほど醜悪な発言はない。過去にも、不良債権など経済の非効率性を淘汰するために、経済の悪化を放置するという経済思想はあった。これは昭和恐慌期の日本や、同時期の世界の経済思想の中で展開されていたが、今日でもその末裔がいる。「清算主義」という経済思想である。だが清算主義は、いわば経済不況を「放置」することが本義である。清算主義者でさえ、わざわざ経済を人為的により一層悪化させるなどと主張はしない。高橋氏はその意味で清算主義者ですらない。
国会前集会で安倍首相の退陣を求め訴える人たち=3月23日夜
国会前集会で安倍首相の退陣を求め訴える人たち=3月23日夜
 このような高橋氏の経済論の認識の底には何があるのだろうか。一つは経済成長自体の軽視だろう。これについては後に触れる。もう一つは、高橋氏だけではなく、今も広範囲に観察される「アベ政権打倒」を自己目的化した人たちのイデオロギーである。彼らは安倍政権の個々の政策評価よりも、政権打倒自体が自己目的化しているとしか思えない。

 高橋氏は経済成長の低下をそれほど重大視していないのだろう。だが、経済の低迷は多くの人たちの暮らし向きを悪化させ、また人命を危機に陥れる。

 経済の安定化に失敗するとそれだけで多くの人命が失われてしまう。長期停滞を背景にして、日本の自殺者数と失業率の関係については21世紀初頭から議論されてきた。 

 日本の自殺者数の推移をみてみよう。20世紀終盤の1997年は日本の金融危機と消費増税があった年だが、それ以降自殺者数は急増していき、2011年まで14年連続して3万人台で推移し、ピークの年には3万5千人近くに上った。自殺未遂した人や自殺しようかと悩んだ人たちまで含めると膨大な数に及ぶだろう。

 人がさまざまな理由で生死を選択しているのには異論はない。しかし、それを認めたうえでも、自殺と景気循環(好況と不況の循環のこと)が極めて密接な関係にあることは矛盾しない。最近では、リーマンショック以降の各国の動向を踏まえて、経済政策の失敗が人間の生き死にを直接に左右するという分析を、英オックスフォード大教授のデヴィッド・スタックラー(公衆衛生学)と米スタンフォード大助教授のサンジェイ・バス(医学博士)が『経済政策で人は死ぬか?』(草思社)で提示している。原題を直訳すると「生身の経済学 なぜ緊縮は殺すのか」というものだ。ここで言う「緊縮」には、高橋氏が主張しているような「人為的な消費削減」が入っても矛盾しない。

 スタックラーとバスによれば、不況になれば失業者が発生する。このとき政府や中央銀行が適切に対処しなければ、失業の増加が自殺者の増加を招いてしまうだろう。日本の場合では、失業率が高まるとそれに応じるかのように自殺者数も増加していき、また失業率が低下すると自殺者数も低下していく。