スタックラーとバスの本では、2008年のリーマンショックで仕事を失ったイタリアの中高年の男性職人が「仕事ができない」ということを理由に自殺したエピソードを紹介している。ここでのポイントは、経済的な理由よりも地位や職の喪失そのものが自殺の引き金になっていることだ。また精神疾患患者数の推移と景気の関係に対する議論もある。
(※画像はイメージです)
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 失業とうつ病は関係が深い。社会的地位の喪失もうつ病の引き金になりやすい。うつ病が進行しての自殺のケースも多いだろう。また失業率の上昇は、一方でリストラに直面しなかった人たちにも生命の危機をもたらす。首切りを免れて、会社に残った人たちの時間当たりの労働強度を高めてしまう。

 つまり辞めたり、新規の採用がなかったりした分だけ、より少ない人数で仕事をすることになる。過労によるストレスは、うつ病の引き金をひいてしまう。不況になれば、なかなか他の職を得ることができないので、つらい職場環境でも我慢して勤めてしまう。このことが不況期でのブラック企業の隆盛をもたらした。高橋氏の主張ではこの種の人命を損失させる経済減速の悪影響に対する配慮が全くない。配慮があれば、経済を減速させようという主張は出てくるはずもないのだ。

 経済政策の是非、これから経済成長が安定的に達成可能か否か、そういう論点と高橋氏の「100円節約運動論」は全く異なる。繰り返すが、経済学は一人ひとりの生活を改善することにその目的がある。この点を忘れた経済学者の発言には何の価値もない。