経済の常識 VS 政策の非常識
原田 泰 (早稲田大学政治経済学部教授・東京財団上席研究員)


 消費税増税は2017年4月まで先送りされた。増税しないと金利が暴騰して大変なことになると言われていたが、確かに暴騰した。図に見るように、10年物長期国債指標銘柄の金利は、増税がそのまま実施されるだろうと思われていた2014年11月10日の0.454%から先送りが完全に明らかになった17日には0.470%と0.016%ポイント「暴騰」した。

金利0.016%ポイント上昇の謎を解く


 なぜ0.016%ポイントしか上昇しなかったのか。ある国の財政赤字がなぜ金利を上昇させるかと言えば、長期的に財政状況が悪化すれば国債の償還能力が疑われ、そのリスクを考慮した金利でなければ、資金を集めることができなくなるからである。すると、短期的な財政赤字よりも、長期的な財政状況が金利に影響を与えるはずである。長期的な財政状況はどの指標で判断できるかと言えば、政府債務をGDPで割ったものが適当な指標になるだろう。ここで政府債務は名目値であるから、GDPも当然名目値である。

 消費税再増税の先送りで、政府債務対GDP比率がどれだけ悪化するだろうか。以下の数字は、消費税率を除いては、現実の数字とそう異ならない概算値である。現在、政府債務は1000兆円、GDPは500兆円であるとする。

 まず、消費税を8%から10%に2%ポイント上げる場合の税収増加額は、消費税1%がGDPの0.5%分の増収をもたらすのでGDP1%分、5兆円の増収となる。しかし、消費税を上げると景気が悪くなるので、景気が悪くならないようにとGDP0.5%分2.5兆円の公共事業の積み増しが行われる(これまでの経験でそう言える)。すると、消費税増税で政府債務の改善は、2.5兆円にしかならない。


 さらに、消費税増税でGDPが減少する効果がある。5兆円の増税は、GDPを5兆円低下させると見るのが穏当な予測であろう。ただし、2.5兆円分の公共事業の積み増しがあるので、GDPが2.5兆円増加すると考えることができる(増加しないという説もあるが、ここでは増加するとしておく)。すると、GDPは差し引き2.5兆円低下する。

 GDPが低下することで、税収も減少する。どれだけ減少するかについては、大きく減少するという説とGDPの低下率と同じだけ減少するという説がある。ここでは、後者の説にしたがって、無視できるとしておこう。すなわち、財政状況の改善は2.5兆円である。

 以上の議論をまとめる。消費税を2%ポイント上げた場合の政府債務対GDP比率は、分子、分母とも2.5兆円減る。比率は(1000兆円-2.5兆円)÷(500兆円-2.5兆円)で200.5%と上昇する。

 話がこんがらがって分かりにくいので表にすると、以下のようになる。
 消費税を上げなければ、分子の債務は減らないが、分母のGDPも減らないので、比率は200%と変わらない。

 消費税を上げた方が、この比率が上がるというのは意外な結果だが計算は合っている。これに対して、消費税増税がGDPを減らす効果はそれほど大きくはないという反論があるだろう。そこで、消費税増税のGDPを減らす効果が、私の想定の半分だとすれば、GDPは1.25兆円しか減らないことになる。分子が2.5兆円減って、分母が1.25兆円減るので、比率は(1000兆円-2.5兆円)÷(500兆円-1.25兆円)で200%のままである。

 さらに、消費税増税でGDPが減る効果は一時的だが、税収増の効果は永久だという反論があるだろう。分子が2.5兆円ずつ減っていくから、2年たてば分子は(1000兆円-2.5兆円×2)となる。一方、分母はそのままなので、比率は995兆円÷497.5兆円で、200%に戻り、3年目以降は低下していく。しかし、11月17日の自民党の決定では、1年半後には8%を10%に引き上げるとしているので、消費税を上げても下げても、比率にはたいして変化がない。

 消費税増税を延期しても、金利がほとんど動かなかったのは、長期の財政状況を示す指標にほとんど変化がないことが予想されるからで、これは理屈に合っている。これで金利「暴騰」の謎は解けた。

根本問題を考えて欲しい


 消費税増税を延期したら大変なことになると言っていた人々の予測は外れた。不思議なのは、外れても外れても同じ人が同じことを言い続けていることだ。

 さらに私が分からないのは、政府債務の対GDP比が200%以上になっても、日本の長期金利が上がらず、レベルとして0.5%前後でしかないことである。外した人が特に経済学者の場合には特に、当たらない予測よりも、この根本問題を解くことに精力を傾けていただきたい。学者はエコノミストより予測用のデータにアクセスすることが不便なのだから、そうすることが理屈にかなっていると私は思う。

原田 泰(はらだ・ゆたか)
1950年東京生まれ。東京大学農学部卒。経済企画庁国民生活調査課長、財務省財務総合政策研究所次長などを経て現職。『なぜ日本経済はうまくいかないのか』(新潮社)など著書多数。