抑止力の限界

 しかし、アメリカの報復に頼ることにも問題はある。

 第一に、アメリカが、常に100%日本の味方であることは、日本への攻撃に対して常に100%報復することと同じではないということだ。アメリカは、日本だけでなく、韓国も、そして何より、自国の兵力を守らなければならない。

 日本に数発のミサイルが着弾したとしても、アメリカの報復が北朝鮮の韓国に対する大規模報復を招くのであれば、韓国の利益も考慮せざるを得ないだろう。少なくともアメリカの報復作戦は、韓国軍による38度線付近にある北朝鮮軍の砲兵陣地への攻撃と連動しなければ、たちまちソウルが火の海になる。

 第二に、アメリカの報復によって北朝鮮の体制を崩壊させるかどうかという悩ましい問題がある。アメリカが報復する場合、その規模は限定的なものではなく、再発射可能なすべてのミサイルを破壊するものでなければならないが、それは、北朝鮮の攻撃能力を失わせることになり、ひいては体制の崩壊につながる可能性が大きい。

 体制が崩壊すれば、北朝鮮はたちまち破たん国家となる。2000万の人口をどうやって食わせるかという難問が待ち構えている。ミサイルを破壊しても、100万人の軍隊と100万人の労働党の武装組織が残っている。韓国がこれを喜ぶはずはないし、この地域を統治するには、半分を中国に任せなければならないほどの大量の軍隊が必要になる。

 アメリカが本気を出せば、北朝鮮との戦争に勝つことは難しくないだろう。だが、勝った後の方がよほど大変なのだ。それでもあえてアメリカが報復するのかというのは、当然の疑問だ。
韓国・釜山に入港する米海軍の原子力空母カール・ビンソン=2017年3月15日(共同)
韓国・釜山に入港する米海軍の原子力空母カール・ビンソン=2017年3月15日(共同)
 第三に、アメリカが報復する前提である「撃ち漏らしたとき」とは、日本にミサイルが落ちているということになる。それが何発なのか、核や化学兵器が積まれているのか、どのくらいの被害が出ているのか、述べられていない。つまり、抑止が成り立つ前提には、少なくとも敵の第一撃に耐える覚悟と態勢がなければならないということだ。

 日本人が陥りがちな勘違いは、アメリカの抑止力があるから戦争にならない、戦争にならないのだから戦争の被害を考える必要はない、というものだ。だが、アメリカ軍が考える抑止力とは、戦争になれば必ず勝つ力を持つことを前提としている。

 抑止と戦争は、日本人が考えるよりもずっと近い関係にある、同じコインの裏表なのだ。そして、そうでなければ抑止も成り立たないというところに、抑止と安全のジレンマがある。

 第四に、北朝鮮は、攻撃目標が在日米軍基地であると公言している。在日米軍基地から発進する戦闘機が、北朝鮮を攻撃する最大の脅威であるからだ。すなわち、北朝鮮が日本に向けてミサイルを撃つ動機は、米軍がいるからということになる。抑止力であるはずの米軍の存在が攻撃の動機を与えているところに、抑止と挑発は紙一重というジレンマがある。

 第五に、抑止という戦略は、抑止が効いている限り、北朝鮮はあえて攻撃しないという仮定の上に成り立っている。北朝鮮の最大の目標は、体制の生き残りだから、体制の崩壊につながるようなアメリカの報復を招くような攻撃はしないだろうという仮定に「確からしさ」はある。だがそれは、「相手もこちらと同じように考えるはずだ」という仮定である。戦略とは、確かではなく、確からしさの上に作られる計算式にすぎないのだ。

 北朝鮮をとことん追い詰めれば、たとえ負けても一撃を食わせるという判断に至るかもしれない。現に北朝鮮は、そのためにアメリカに届く核ミサイルの保有を、最後の拠り所として目指している。

 総じて言えば、抑止戦略は、攻撃を思いとどまらせる効果はあるにしても、やりすぎれば逆効果になる危険性があり、同時に、相手をこちらの思い通りに行動させる(例えば、核を放棄させる)効果はない。アメリカの抑止力がすべてを解決するわけではないのだ。