「子供の声がうるさい」。保育所や公園で、近隣住民とトラブルになる例が後を絶たない。今月上旬には手斧を持って、園児の保護者を脅した容疑で、東京都内の男が逮捕された。防音壁を設置したり、遊びの時間を短くしたりと対応を迫られる保育所も少なくないが、専門家からは「子供の育成を阻害する」との指摘もある。東京都は子供の声も「騒音」の一部としている全国でも珍しい条例の見直しを始めたが、果たして行方は…。

「園児うるさい」「首切るぞ」


 「夜勤明けで帰ってきても、子供の声がうるさくて眠れない」

 都内の保育所近くのアパートに住む30代の男性はそうこぼす。「自分も子供だったことを考えれば、無理はいえないが…」というものの、寝不足は深刻で引っ越しも検討しているという。

 保育所や学校、公園で遊ぶ子供の声をめぐり、近隣トラブルに発展する例が相次いでいる。東京都が今年3~9月、都内62区市町村にアンケートをした結果、平成20年度以降、住民から苦情を受けたことがある自治体は計42団体で、全体の約7割を占めた。

 夜勤明けで眠れない▽定年後を静かにすごそうと思ったのに台無しだ-といった意見が多いといい、子供の声のほか、太鼓をたたく音や野球ボールの打音など多岐にわたる。

 ついには逮捕者も出た。東京都国分寺市では今月1日、認可保育所近くの路上で、園児を迎えに来た保護者に手斧を見せ、地面に数回振り下ろすなどして脅迫したとして、近所の無職の男(43)が暴力行為処罰法違反の疑いで逮捕された。

 国分寺市によると、男は犯行の前日、同市保育課に電話をかけ、「園児の声がうるさい」「帰り道に近所のアパートに入り込んでいた」「対応しないなら、園児の首を切るぞ」などと職員を脅した。

 同市には約5年前から数回にわたり、男から苦情の電話があったといい、犯行当日は保護者に対し「近所から苦情があったので、帰り道にうるさくしないように」というお知らせを配布したばかりだった。

 市の担当者は「『対応をします』と伝え、納得いただいていたのですが、改善されなかったので、ああいう行動に出てしまったのでは」と述べた。

防音壁は「当たり前」


 近隣トラブルを防ぐため、保育所では防音壁を設置し、窓を二重ガラスにするなどの防音対策はもはや一般的だという。

 都の調査によると、住民からのクレームを受け、公立保育所に「新たに防音壁を設置した」「遊具位置を変更した」という自治体は6団体。「子供の遊戯時間の短縮や変更を行った」は15団体だった。いずれも23区内が多い。

 また、公立保育所を新設する際、開園当初から防音壁を設置▽近隣住宅が行う防音工事の費用を負担する-などの対応をした自治体も5団体あった。

 だが、そこまでやっても苦情はやまず、訴訟に発展してしまうケースもある。

 東京都練馬区の認可保育所では24年8月、一部住民が「平穏な日常生活を害された」として運営会社を相手取り、騒音の差し止めと慰謝料などを求め東京地裁に提訴。訴状では「騒音は常に45デシベルを超え、頻繁に75デシベルを超える」と主張しており、現在も係争中という。

 保育所を運営する「日本保育サービス」(本社・名古屋市)の山口洋代表は「周辺には配慮している」と説明する。高さ約3メートルの透明な防音壁を約1千万円かけて設置し、窓は二重サッシに。

 極めつきは、園庭で子供を遊ばせる時間を各クラス40分に制限。0~5歳児の140人が一度に園庭に出て騒がしくならないよう、ローテーション式にして1日2時間半から3時間で外遊びが終わるようにした。

 1日に5、6回も苦情電話があるなど、クレームが激しかった時期には1年ほど外遊びを禁止したが、「今度は保護者から『使わせてほしい』と要望が出た」(山口代表)。「しまいには先方が、『うるさくないけど遊ばせるな』と言いだし、こっちから『出るところに出てくれ』とお願いした」(同)という。

看板見て泣き出す子供も


 同じく「騒音被害」で提訴された神戸市東灘区の認可保育所では、「嫌がらせを受けて子供たちも不安がっている」(運営する社会福祉法人)という。

 同園には18年のオープン以降、訴訟を起こした住民から、計2千枚近くの抗議文のファクスが届き、23年秋には保育所の前や近くの路上に「ドクロ」や「般若」の絵が描かれた看板を設置された。

 看板には、子供の声を「児童虐待まがいの騒音」と表現し、「堪えられなければ、地域から出て行けというのでしょうか」などと書かれていた。保育所側は「看板をみて泣き出す子供もいた。防音壁など騒音対策も行い、近くには『子供の声を聞くと元気をもらえる』というお年寄りもいるのだが…」と頭を抱える。

都の騒音条例見直しへ


 これらの訴訟の根拠となっているのが、東京都が定める「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例」だ。

 同条例では、騒音について「何人も規制基準を超える騒音を発生させてはならない」と規定。住宅街では日中に45~50デシベル以上、夜間・早朝は40~45デシベル以上の騒音を敷地外に漏らすことを禁じている。

 50デシベルは人が会話をする程度の音。環境省の所管する騒音規制法や、他道府県の条例では規制対象を工場や事業所、建設現場などに限っているが、「都条例では、昔から『何人も』と規定してしまっているために子供も例外ではなくなっている」(都担当者)という。

 この条例をめぐっては19年、東京都西東京市の公園の噴水で遊ぶ子供の声などに、精神的苦痛を受けているとした近隣女性の訴えを東京地裁八王子支部が認め、噴水使用などを禁じる仮処分を決定。

 神戸市の訴訟のケースでも、原告側は訴えの根拠として、「東京都が定めている以上、神戸市が工場などを対象に定めた規制基準は、保育園にも適用されるべきだ」などの主張をしているという。

 日本保育サービスの山口代表は条例が保育所の新規開設のハードルとなっていると指摘。「いい場所を見つけても、近隣にあいさつに行った際、『迷惑料を払えば目をつぶる』というような住民がいた場合、設置をあきらめる」といい、待機児童が問題化するなか、「保育所をつくりにくい状況になっている」という。

「健全育成妨げる」


 子供の声について、早稲田大人間科学部の菅野純教授(教育心理学)は「感動したり、うれしかったりすると、子供は自然に『キャッキャ』と声を出してしまうものだ」と説明。「これは楽しさを共有し、社会性や情緒的な豊かさを育むために必要な行為で、『シーン』としている子供のほうが、むしろ不自然で心配になる」と指摘する。

 その上で、「電車の中など、場合によっては、しつけのためにコントロールしないといけない局面はあるが、時代とともに周囲が騒音に対して寛容でなくなってきたというのも、トラブルの背景にはあるのだろう」と語る。

 国立国会図書館によると、子供の騒音に寛容な社会を目指すため、ドイツでは2011年7月、連邦環境汚染防止法を改正し、託児施設や公園などの騒音は「環境への有害な影響を与えるものとは認めない」とする新たな規定を盛り込んだ。子供の騒音に対する訴訟が相次ぎ、保育所の運営が制限されたり、禁じられたりするケースが出てきたことへの対応という。

 東京都では、2月議会の予算特別委員会で「条例の規定が保育所設置の障害になっている」などと都議から指摘を受けたことで見直し議論が浮上。今後、区市町村の意見も踏まえた上で、来年度には条例改正などの対応を行う考えだが、都の担当者は「騒音に困っている人がいるのも事実であり、うまくバランスを取りながら新たな規定について考えていきたい」としている。