日本でこそ味わえる贅沢な時間


――今日は両切りのピースとダンヒルを吸われながらのインタビューですが、たばこが手放せなくなったのはいつからでしょうか。

 作家になった30代からですね。たばこって不思議なもので、吸い始めたときは「もういいか」と思うんですよ。ところが一本吸い終わって消そうと思うころになると、もう一本欲しくなるんですね。そういう不思議なところがあります。「たばこは生活の句読点」っていうキャッチフレーズは、本当にそのとおりだと思いますね。たばこを口に咥えて何服かすると、何かしたくなる。たとえばお茶を沸かして自分で注ぎたくなるとか、そんなことしなくていいのに、やりたくなるんですね(笑)。そういう不思議な作用がある。だから原稿を書く前には必ず吸いますね。吸って消して、また吸って消す。そのうち「よし、やるか」と書き始めるんですよ。

――原稿を書く前のアイドリングのような感じですね。発想力が増したりもするのでしょうか。

 原稿を書く際のリズムのようなものになっていましたね。ただ、1980年に『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』のテレビ番組を始めて、世界中を飛び回るロケに出るようになってからは、そんな贅沢はいっていられなくなりましたね。それまでは「俺は作家だ」って気取っていました。昼間からカーテンを全部閉めた暗い部屋のなかで、机の前に座ってきちんとした姿勢で書いていたんです。

 それがロケに出るようになってからの執筆環境はひどいものです。車とか飛行機の中だと、気分が悪くなってしまって文章が書けないんですよ。だから移動中じゃなく移動前の待ち時間やロケ地での休み時間が仕事の時間なんです。たとえば東京からインドのニューデリーに飛んで、次の飛行機がなかなか飛ばなくて5時間待たされたりする。これは「しめた」ってんで待合室のいちばん空いているところの片隅に原稿用紙を広げて、前のめりになって書いていましたから。たばこを気にする余裕なんてないですよ。

 また、たとえば人里離れたところへ行くと、電気も通っていない。もちろん机もなし。それでも仕事はしなきゃいけない。しょうがないから懐中電灯を4本、ガムテープで巻いて電灯代わりに吊るして、その灯りで原稿を書いていましたね。

 そういう生活に慣れると不思議なもんでね、僕はこの50年、風邪をひいたことがないんです。おそらくつねに緊張を自分に強いていると、免疫力が高まるんだと思います。僕はテレビ番組で40日間の予定で海外ロケに出かけます。日程にある程度余裕をもたせてあるんで、実際は35日くらいで終わるんですよ。じゃあ「5日は休もう」ではなく「しめた」と、次のロケの日程を前倒しするんです。ロケから帰国したらすぐまた次のロケに出る。そうすると緊張状態がずっと続くでしょ。だから風邪もひかないですね。

――50年間ほぼ休みなし、ということですね。

 1年の約半分が海外ロケ。そういう生活が30年続きました。今日は病気で休むとか体調が悪いから中止、といったことは一度もありません。

――そういう過酷なロケ中でも、たばこを吸われるときがあるわけですね。

 われながらバカだと思いますが、どんなに厳しい環境でもたばこが吸いたくなるんです。たとえばチベットの標高5000m級の山岳地にロケで行く。ただでさえ空気が薄くて息苦しい自然環境でも、僕は吸いましたね。たばこを手に持って、「よし、いまから吸うぞ。おまえを吸うからな。ほんとに吸うよ」といって火を付けるんです。でも息苦しいし、うまくない。本当にバカですね(笑)。

 たばこがおいしいというのは贅沢な時間で、心に余裕がないとそうは感じられないんです。追い詰められた状況で吸うたばこは、やっぱりおいしくない。それから僻地で吸うたばこはおいしくないですね。

――それは意外ですね。大自然のなかで吸うたばこはおいしいのか、と思っていました。

 真夏の砂漠で吸ってもちっともおいしくないし、真冬のアラスカで吸ったたばこもまずかったですよ。空気が乾燥しすぎている地域はダメですね。ある程度の湿度がないと。だから大自然のキレイな空気のなかで吸うたばこがおいしいなんてことはありませんね。その点、適度な湿り気のある日本で吸うたばこはおいしい。そう感じる時間は、僕にとってとても贅沢な時間です。

――「たばこは生活の句読点」以外にも「今日も元気だ、タバコがうまい」というキャッチコピーもあります。

 朝起きてカーテンを開け、一本のたばこに火を付けたときの快感といったら! 俺は今日も元気だって実感しますね。うまいキャッチコピーだと思います。