自分の正義を押し付ける不寛容さ


――世の中には畑先生のような愛煙家もいれば、たばこを吸わない人やたばこを毛嫌いする人もいます。

 たしかに昔はたばこが嫌だっていう人は少なかったんですけど、いまは喫煙者が減って極端なたばこバッシングに走る人が増えています。喫煙者の皆さんにはお気の毒ですが、こうした社会の風潮にはますます拍車が掛かると思います。

――畑先生はなぜ極端な嫌煙家が増えていると思われますか。

 そう聞かれて思い出したことがあります。もう60年も前の話です。日本が豊かになり始めるちょっと前に、外国産のたばこが日本に入ってきました。香料がまたきついんですよね。僕なんかはいろんな種類を試すほうだから、アルバイトの帰りに缶入りの海外たばこを買うのが楽しみでした。家に帰って缶を開けると、まず香りを嗅いでね。吸うのは香りを楽しんだあとでしたね。香りは、たばこを吸う人にとっては強くても弱くても全然関係ない。一口二口吸ったら、すぐ慣れるんです。

 問題は、たばこをやめた人です。彼らはたばこの香りやにおいに敏感ですよね。僕なんかもたばこが買えないくらい貧乏していた時代があるから、わかるんです。他人が吸っていると、あれはピースだとかね(笑)。たばこをやめた人ほど毛嫌いしやすくて、ここ何年かでやめた人がたくさんいることも、世の中の風潮と関係しているのかもしれない。

――禁煙社会になりつつあるとはいえ、たばこを吸う人の立場も尊重される社会であるべきだと思うのですが。

 そう思います。本当に嫌な社会になりましたね。何が嫌かって、たばこを嫌う人たちは、自分たちの正義を大上段に振りかざしてものをいうんです。自分のなかだけに正義をしまっておかないで、俺の信じる正義をおまえも信じろ、と押し付ける。信じないおまえは悪だ、とレッテルを貼って攻撃するわけでしょ。たばこの問題に限らず、そういう物の考え方をする人が時がたつごとに多くなってきていますね。僕は民主主義の風化であり、民主主義の害毒だと思っています。

街中に設置されている屋外喫煙所=東京都港区の東京メトロ表参道駅前
街中に設置されている屋外喫煙所
=東京都港区の東京メトロ表参道駅前
 昨年11月の新聞に「厚生労働省は庁舎の屋外喫煙所の利用時間を制限したうえで、喫煙後は遠回りをして、においを落としてから庁内に入るというルールをつくった」というニュースが載っていました。どう考えてもおかしいでしょう。こんなのは正義でも何でもないですね。でも現実にこれを正義と思う人がいる、ということなんです。他人の服についたたばこのにおいまで嫌だというのは、もはや受動喫煙の問題でもないわけですよ。個人個人の価値観を認めない、他人に対して不寛容な社会は民主主義ではない、と思います。

――副流煙や受動喫煙の問題に関してはいかがですか。

 副流煙による受動喫煙の害がどのくらいあるかですが、どうも科学的ではない、と思います。じつは以前にこんな教育番組がありました。妊娠しているウサギの鼻先に、たばこ10本をまとめて火を付けた煙を近づけて無理やり吸い込ませる。すると心拍数が上がる、という実験を医師がやっていたんです。何も知らない人が見たらなるほどと思うかもしれませんが、こんなの実験でも何でもないですよ。たばこの代わりにただの紙を巻いて火を付け、その煙を鼻先に近づけてウサギに吸わせてごらんなさい。心拍数が極端に変わりますから。生き物とはそういうものなのに、あたかも科学的な実証データかのように取り上げる連中がいるから困るんです。その教育番組を見たときは仰天しました。

――医学に携わる人がなぜ、そんな非常識・非科学的なことに手を染めてしまうのでしょう。

 医師になっても、博士号がないと開業したとき儲からない、と考えているのでしょう。博士号を取るためには論文を書かないといけない。たばこなら結論は健康に悪いと決まっているし、世間の通りもいい。審査に通りやすくて箔が付くからではないでしょうか。