たばこ好きの日本人はなぜ長生きなのか

『コンフォール』 愛煙家通信 No.20 2017年春号

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武田良夫(経営コンサルタント)

 昨年9月19日に放送された「NHKスペシャル」は「健康格差―あなたに忍び寄る危機」を取り上げました。「健康格差」が問題とされるようになったのは寿命が延び、がんなどの慢性疾患で亡くなる人が増えてきたことと関係があります。慢性疾患は食事など生活習慣の影響が大きいとされますが、近年、その背後にある所得水準や教育レベル、雇用・家族形態などの社会・経済的な格差が健康格差をもたらす大きな要因であることが指摘されています。

社会格差が招く健康格差


 番組では、低所得者は高所得者に比べて精神疾患3・4倍、肥満1・53倍、脳卒中1・5倍、骨粗鬆症が1・43倍も罹りやすく、また、非正規雇用者は正社員に比べて糖尿病の罹患率が1・5倍も高いというような数字が示されました。

 所得格差は、なぜ健康格差を招くのでしょうか。

 厚労省の〈「国民健康・栄養調査」の「所得と生活習慣等に関する状況」〉(別表)によれば、低所得世帯は穀類の摂取量が多く、野菜や肉類は少ない。喫煙率が高い。メタボの人が多い。歯の悪い人が多い。健診を受けている人が極めて少ないなどが示されており、こうした生活習慣などの差が健康格差を招くとされています。
 しかし、近年、社会・経済的要因と健康の関係を研究する「社会疫学」が、心理・社会的な要因の健康に与える影響は、いわゆる生活習慣に劣らず大きいことを明らかにしています。

社会疫学が示唆するもの


 まず、我が国で発表された社会疫学研究をいくつか見てみましょう。

・静岡県は1999年、65歳以上のお年寄り1万人余を対象に生活習慣や社会活動に関わる30~40項目を調べ、2010年までに亡くなった1117人について調べたところ、何もしない人に比べ、運動、栄養、社会活動の三要素に取り組む人の死亡率は51%も低かったが、運動と栄養だけでは32%にとどまった(2012年6月10日付/朝日新聞夕刊)。

・千葉大などの研究チームは2003年、愛知県に住む65歳以上のお年寄り1万3千人に町内会、趣味、運動、宗教、業界、ボランティア、政治、市民活動の八種類のうち、どの活動をしているかを尋ね、4年後に要介護認定を受けた1528人について、年齢や性別、病気、婚姻・就労状況などの影響を取り除き、社会活動と要介護との関連を調べた。その結果、要介護リスクは、何も活動していない人に比べ、1種類取り組む人は17%、2種類28%、3種類以上取り組む人は43%も低かった(2014年8月13日付/朝日新聞夕刊)。

・日本福祉大、千葉大などのチームが前記と同じパネルを使い、同居人以外との交流の頻度と要介護、認知症、死亡のリスクを調べたところ、毎日、頻繁に交流している人に比べ、週1回未満の人のリスクは下表のように高くなっていた。
 昨年8月、国立がん研究センターは「受動喫煙による非喫煙女性の肺がんの相対リスクは1・28倍」と発表し、これが受動喫煙対策の根拠になっていますが、社会参加の有無が〈健康〉に与える影響は、それ以上に大きいのが興味深いところです。

 さらに社会疫学は、前記の〈社会参加〉と関連しますが、〈社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)〉という概念を提示します。
「社会関係資本」が日本人を長生きさせた

 政治学者でハーバード大学教授のR・パットナムは〈社会関係資本〉を「個人間のつながり、すなわち社会的ネットワークおよびそこから生じる互酬性と信頼性の規範」と定義します。東日本大震災後よく使われるようになった「絆(きずな)」が近いでしょうか。
 パットナムによれば、〈社会関係資本〉という言葉は1916年にウェストバージニア州農村学校の指導主事だったL・ハニファンが用いており、決して新しい概念ではないが、近年、綿密で大量の研究により、社会的つながりは我々の健康の最大の決定要因の一つであることは合理的に疑い得ないところまで確証されたと述べています(R・パットナム「孤独なボウリング」柴内康文訳/2006年/柏書房)。

 この「社会的なつながりの強さ」の健康に与える影響について、ハーバード大学公衆衛生大学院のイチロー・カワチ教授は「日本人が長生きなのは、食生活などの生活習慣の違いが影響しているのではないかと考えている人が大勢いる。確かに世界的に見ても体に良いと言われている日本食だが、実は塩分や炭水化物が多く含まれているため、とりわけ優れているとは考えにくい。では、寿命を左右する本当の要因は何か。ハーバード大学の社会疫学研究者たちが1996年、世界の国や地域で行った大規模な調査の結果、日本文化の中にある強い〈社会関係資本〉が長寿と健康に大きく関係していることが分かった」と述べています(「日本人はなぜ長生きなのか13万人調査でわかったこと」週刊現代2012年9月15日号)。

喫煙文化研究会著
『たばこはそんなに悪いのか』
(ワック刊)
 先年、県別の寿命が発表され、長野県が男女共に1位になりました。その理由について、医師や学者は減塩など食生活の改善運動や喫煙率の低さなどを挙げるのですが、正しい見方とは言えません。例えば、厚労省の平成24年の「国民健康・栄養調査」によれば、長野県の塩分摂取量は依然として全国平均より多く、県別では男女共に岩手県に次いで多い方から2番目でした。そのせいか「脳卒中(脳血管疾患)」の死亡率は全国平均より高く、男性は高い方から13番目、女性は7番目でした(平成22年)。

 では、何が長野県を長寿県にしているのでしょうか。まさに〈社会関係資本〉によって説明できます。すなわち、長野県は地域住民の社会参加が活発で〈社会関係資本〉が豊かなのです。高齢者の有業率は男女共に長野県がトップですし、地域住民の社会参加の一つの指標として挙げられるのが公民館活動ですが、人口100万人あたりの長野県の公民館数632は全国平均の125を大幅に上回ってダントツです。数が多いだけでなく、活動も活発で、平成17年に全国の公民館が主催した文化事業2万6千件のうち、長野県は2900件と1割以上を占めました。さらに、長野県は伝統芸能の保護に熱心なだけでなく、サイトウキネン(セイジ・オザワ)音楽祭など芸術文化活動に熱心ですが、大事なことは、こうしたイベントの実施に地域住民がボランティアとして積極的にかかわっていることです。まさに「互酬・互恵」の精神が根付き、これがコミュニティー(地域共同体)の〈社会関係資本〉を豊かにしているのです。
ジャパニーズ・パラドックス

 一方、東日本大震災の後、3年で震災関連死が震災直接死を上回ったということですが、熊本地震でも直接死が50人であったのに対し、体調悪化などによる「災害関連死」がわずか半年で55人になったということです。「人はパンのみにて生きるにあらず」――被災地での〈社会関係資本〉の回復・蓄積をどう図るか、というのは復興の大きなテーマでしょう。

 芸術家が被災地へ行って公演を行い、被災者を楽しませるのは意義あることですが、被災者自身が企画に参加し、実行に当たっては受付や駐車場、託児所の運営などを行い「私もお役に立っています」というカタチで行えば、「互酬・互恵」という観点からもっと意義あるものにすることができると思います。

 それに伴う会合・打ち合わせも多いことでしょうから、地域住民の「社会参加」として有意義なことは前述の通りです。

ジャパニーズ・パラドックス


 昭和30~40年代、わが国の男性の喫煙率は80%を越え、室内はたばこの煙が充満していました(女性は職場や家庭でたばこの煙にさらされ、受動喫煙の暴露量は今日の比ではなかったでしょう)。
 それでもその間に寿命はドンドン延びて昭和45年にはスウェーデンを抜き、主要先進国では最長寿国になりました。疫学研究から「喫煙者は寿命が十年短い」とされますが、では「世界一たばこ好きと言われた民族が、なぜ世界一長寿になったのか」について納得できる説明はありませんでした(〝ジャパニーズ・パラドックス〟と呼ばれます)。

 説明できないのは当然です。科学的な思考・手法を取り入れた近代医学(生物医学)は、言語・数値をもって記述できるもの(第一性質)のみを対象とし、喫煙行動のような人間の「脳(こころ)」に関わって主観的、知覚的な行為(第二性質)を没却したために、「脳が異常に発達した」「社会的動物として〝人の間〟で生きる」人間の健康における〈喫煙〉の意義・効用が見えなかったのです。その結果、喫煙者を「ニコチン依存」ときめつけ、たばこの煙は器官・臓器に害を与えるのみ→百害あって一利なし、喫煙者は短命、というドグマに陥ったのです。

 しかし、前述のように、近年の社会疫学は人間の健康における心理・社会的要因の重要性を明らかにしつつあります。生物医学パラダイムにとらわれない免疫学者などは、かねて「適度な喫煙は免疫力を高める」と喫煙の効用を認めていますが、「世界一たばこ好きの民族が、なぜ世界一長寿になったのか」、社会関係的、薬理的、身体感覚的に多面的な効用を持つ〈喫煙〉の意義が、社会疫学という新しいアプローチの中で、あらためて評価される日が来るのではないかと期待しています。

 本稿に興味を持たれた方は『たばこはそんなに悪いのか』(喫煙文化研究会著/ワック刊)をご一読ください。これらのテーマについてくわしく論じられています。

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