タバコの害はアスベスト禍と同じ「命の危機」である

『薗潤』

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薗潤(日本タバコフリー学会代表理事、医師)

 2020年の東京五輪・パラリンピックを前に、世界保健機関(WHO)から世界最低レベルと酷評されている日本の「屋内分煙・努力義務」の受動喫煙防止対策を「屋内禁煙・罰則付き」原則の法整備を目指す方向性は大いに評価できます。しかし、例外規定として喫煙室の設置を認め、設置困難な狭い施設では設置免除という抜け道については、全く評価できません。

 厚生労働省の研究班調査でも、受動喫煙で毎年1万5千人もの関連死という実に深刻な被害が報告されています。分煙や喫煙室設置では、受動喫煙被害を防げないことは、多くの医学研究が示しています。分煙を実施したものの、受動喫煙防止ができないことが判明し、完全禁煙となったスペインの例もあります。日本を含む170か国以上が批准している「WHOのタバコ規制枠組み条約(FCTC)」は、屋内完全禁煙を強く求めています。日本で従来行われてきた喫煙室設置のための行政からの補助金は、完全禁煙化を遅延・妨害する誤った施策であり、可及的早期に中止すべきです。

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 飲食店等のサービス産業においても、分煙や喫煙室設置は、弱い立場の従業員が職場で受動喫煙被害を強いられる現状の容認・放置にほかなりません。きれいな空気を呼吸し、健康を享受することは基本的人権であり、職場における回避不可能な受動喫煙被害は人権侵害です。お客様は「神様」かもしれませんが、従業員に職場で受動喫煙被害を強いれば、文字通り「疫病神」となります。罰則付き法制化は「職場での受動喫煙被害から全ての労働者を守る」大原則の実効性担保に、絶対必要なものです。

 禁煙になれば、サービス産業の死活問題になるとの議論があります。これは例外規定で喫煙室設置を認めることで、店の対策に格差が生じることを指すものと思われます。法律で「例外なし・罰則付きの完全禁煙」とすれば対策の格差は生じず、死活問題は杞憂となりますし、完全禁煙に費用はかかりません。レストランなどでは家族連れ客の増加も期待できることは、既に完全禁煙を実施している諸国で実証済です。

 言うまでもなく、喫煙者自身もタバコの犠牲者にほかなりませんので、国が喫煙室の設置を認めることは、毎年十数万人のタバコ関連病死亡の原因である喫煙習慣(=医学的にはニコチンという薬物の依存症)を是認・固定化し、国が喫煙者の健康被害に無関心であるとのメッセージにつながります。

 「喫煙者いじめ」などとの非難や、「吸う人も吸わない人も心地よい分煙」などといった喫煙者と非喫煙者の対立の構図は、タバコ産業のイメージコントロールによるものです。20世紀に世界で累計1億人の関連病死の原因(WHO発表)となった「タバコ(という毒物)を憎んで、人(タバコの犠牲者)を憎まず(保護する)」という原則に基き、根本的かつ包括的なタバコ対策を推進しなければ、21世紀も増え続けるタバコの犠牲者をなくすことはできません。WHOはタバコ対策が進まなければ、2030年までにタバコの犠牲者は毎年800万人に増加すると警告しています。

包括的タバコ対策の必要性


 受動喫煙を含むタバコの有害性については、ほとんど全てのがん及び心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化性疾患や肺気腫(COPD)との深い関連があり、医学的にはすでに十分な証拠が蓄積されています。毎年600万人もの関連病死者(WHO発表)を出し続けるタバコは、将来的には人類のために禁止・非合法化しかありえません。本学会は「タバコを(過去のおぞましい遺物として)可及的早期に博物館に閉じ込めよう!」と提唱しています。WHOは、タバコのない(タバコフリー)世界を目指す第一歩として「タバコ規制枠組み条約(FCTC)」を提案し、批准国に義務として包括的なタバコ対策を求めています。
禁煙ファシズムは見当違い

 タバコ産業側も、かくも多くの犠牲者を出し続けるタバコ(ビジネス)の将来を憂慮し、電子タバコや加熱式タバコの開発・普及に注力しています。これらの製品は「ハームリダクション」(害がより少ない)をうたい文句にしていますが、まだ医学的評価は定まっておらず、何よりもニコチンを利用した依存症ビジネスであることに変わりはありません。ニコチンは「毒物および劇物取締法」に規定され、食品への使用が禁止されている毒物であり、その依存性を利用したビジネスが将来にわたって許されてはなりません。趣味とか嗜好の問題ではなく、生命にかかわる問題なのです。

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 人々の健康と生命を守るための受動喫煙対策を「禁煙ファシズム」などと揶揄することは、全くの見当違いです。アスベストは中皮腫や肺がんの強い関連性が証明され、日本でも今世紀になり、ようやく使用が全面禁止になりました。1980年代後半のニューヨークでの大規模調査によれば、肺がんの罹患リスクは喫煙習慣が10倍で、アスベスト工場勤務の5倍を大きく上回り、両方のリスクが重なれば相乗効果で50倍となっていました。アスベスト全面禁止は遅きに失しましたが、「アスベスト全面禁止はファシズムだ」と言う人はいないでしょう。

 タバコの場合は、ニコチン依存症という薬物依存症ゆえに、喫煙者自身が被害者であるにもかかわらず、「禁煙ファシズム」などという言辞を弄して喫煙習慣を合理化してしまうのです。「私は吸わないが、喫煙者いじめの完全禁煙には与しない」という穏健な方々には、「アスベスト全面禁止」にも、同様の傍観者的立場を取られたのでしょうか? 毒物の規制に「ファシズム」というレッテルを貼るのは、タバコ産業のイメージコントロールであり明らかに間違っています。

 WHOはタバコによる健康被害への医療費などで、年間1兆ドル(116兆円)以上の経済的損失を与えていると指摘しています。タバコは莫大な人的犠牲者のみならず、タバコ税をはるかに上回る経済的損失の原因になっています。タバコ増税は喫煙者減少と歳入増加を期待できる「ウイン・ウイン」の施策であり、1箱1千円以上の国もあり、日本もこれに倣(なら)うべきです。

 自社製品で被害者や犠牲者を出せば、当該企業は公に謝罪しリコールを広報し対策を講じる責任と義務があります。莫大な犠牲者を出し続けるタバコ産業が謝罪も行わず、「拾えば街が好きになる」などの社会貢献活動(CSR)を免罪符として、テレビなどでのCM垂れ流しが容認される日本の現状を、大変嘆かわしく思います。深刻な健康被害をもたらすタバコを「マナーの問題」に矮小化し、豊富な資金力を背景にマスコミを通じて「さまざまな分煙」等という幻想を流布させることは禁止すべきです。「マナーではなくルール」が必要で、そのためには強制力をもつ法制化が絶対に必要です。

 タバコの害の啓発に極めて有効なのが、パッケージへの写真警告表示です。オーストラリアやカナダなどに加え、タイやネパール、韓国などアジア諸国でも導入され、啓発に大きな役割を果たしています。日本はFCTC批准国でありながら、国民にFCTCの啓発も行わず、写真警告表示も行っておらず、現状では不作為の誹(そし)りを免れません。日本ではFCTCの国民への周知度が極めて低い事が、タバコ対策の大きな遅れの原因となっています。
タバコ休憩を給料に換算すると

 タバコ対策で忘れてはならないのは、タバコ農家や産業、小売業など、現在タバコで生計を立てている人々(タバコ生活者)が、将来にわたって転作・転業できるような経済的援助と仕組み作りです。例えば、タバコから野菜への転作に必要な補助金とノウハウを提供などが、その一例です。そのためにも喫煙室設置の補助金を直ちに廃止し、タバコ増税も行うべきです。その歳入増を喫煙者の禁煙支援と併せて、タバコ生活者の「転作・転業」予算に回すなど、政府の包括的タバコ対策が是非とも必要です。

 東京五輪・パラリンピックの開催国として、FCTCの批准国としても要求されるグローバル・スタンダードのタバコ対策実施には、東京都ローカルの受動喫煙防止条例化では不十分で、国としてのタバコ対策の法制化が不可欠です。日本で対策が遅々として進まない大きな原因が、財務省所管の「たばこ事業法」の存在です。同法は税収増の目的でタバコ産業の発展を目指したものであり、国民の健康を犠牲にしている悪法です。速やかにこの悪法を廃し、タバコの害からの人々の保護を目的とした厚生労働省所管の「タバコ規制法」に置き換えるべきです。

 さて神奈川県や兵庫県などの受動喫煙防止条例策定の議論では、業界から「官が徹底できていないことを、どうして民間に先に規制するのか」との意見が相次ぎました。本学会が地方公務員の勤務時間内喫煙の実態調査を元に試算した日本の国家・地方公務員全体のタバコ休憩の時間に支払われる給料、タバコタイムサラリーは、年間920億円以上にのぼり、その結果は2015年11月7日付の産経新聞夕刊にも掲載されました。公務員の勤務時間内喫煙は職務専念義務に反し、莫大なタバコタイムサラリーは納税者としても到底納得できません。職員の喫煙離席は、非喫煙者同僚にも余分な負荷がかかります。喫煙離席者の業務代行や、その間の自己業務の中断に加えて、戻った喫煙者からの三次喫煙被害(呼気や服からのタバコ臭)という余計な「おまけ」まで付いてくるのです。

 まず「官より始めよ!」で、議会を含む官公庁が率先して民間の模範となるタバコ対策を実施することが必要です。勤務時間内喫煙は労働者の権利ではなく、全ての労働者が受動喫煙に曝(さら)されない快適職場環境を確保する権利が優先されるべきです。

日本タバコフリー学会の提案


 以上を踏まえ、NPO法人日本タバコフリー学会は、法律に盛り込むべき受動喫煙防止対策として以下の提案をさせて頂きます。

1.職場と不特定多数の人々が利用する施設は、例外なく屋内全面禁煙とする。電子タバコや加熱式タバコの使用も認めない。
2.職場と不特定多数が利用する施設の屋内に、喫煙室設置は一切認めない。喫煙室設置の補助金を廃止し、現在の喫煙室は可及的早期に廃止する。
3.官公庁・大学を含む学校・医療機関・社会福祉施設は、屋内・敷地内を全面禁煙化し、職員は勤務時間内禁煙とする。
4.違反した施設の管理者および喫煙者には罰則(罰金ではなく過料)を課する。

 毎年1万5千人もの死者を出し続ける受動喫煙は、迷惑の域をはるかに超えた「公害」で「命」の問題です。被害を防げない「分煙」や「喫煙室」のまま放置されて良いはずはありません。可及的早期に法律で、職場や公共の場を例外なく完全禁煙とし罰則付きとすることで、受動喫煙犠牲者を減らすことが国に求められる喫緊の責務と考えます。


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