タバコ産業側も、かくも多くの犠牲者を出し続けるタバコ(ビジネス)の将来を憂慮し、電子タバコや加熱式タバコの開発・普及に注力しています。これらの製品は「ハームリダクション」(害がより少ない)をうたい文句にしていますが、まだ医学的評価は定まっておらず、何よりもニコチンを利用した依存症ビジネスであることに変わりはありません。ニコチンは「毒物および劇物取締法」に規定され、食品への使用が禁止されている毒物であり、その依存性を利用したビジネスが将来にわたって許されてはなりません。趣味とか嗜好の問題ではなく、生命にかかわる問題なのです。

画像はイメージです
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 人々の健康と生命を守るための受動喫煙対策を「禁煙ファシズム」などと揶揄することは、全くの見当違いです。アスベストは中皮腫や肺がんの強い関連性が証明され、日本でも今世紀になり、ようやく使用が全面禁止になりました。1980年代後半のニューヨークでの大規模調査によれば、肺がんの罹患リスクは喫煙習慣が10倍で、アスベスト工場勤務の5倍を大きく上回り、両方のリスクが重なれば相乗効果で50倍となっていました。アスベスト全面禁止は遅きに失しましたが、「アスベスト全面禁止はファシズムだ」と言う人はいないでしょう。

 タバコの場合は、ニコチン依存症という薬物依存症ゆえに、喫煙者自身が被害者であるにもかかわらず、「禁煙ファシズム」などという言辞を弄して喫煙習慣を合理化してしまうのです。「私は吸わないが、喫煙者いじめの完全禁煙には与しない」という穏健な方々には、「アスベスト全面禁止」にも、同様の傍観者的立場を取られたのでしょうか? 毒物の規制に「ファシズム」というレッテルを貼るのは、タバコ産業のイメージコントロールであり明らかに間違っています。

 WHOはタバコによる健康被害への医療費などで、年間1兆ドル(116兆円)以上の経済的損失を与えていると指摘しています。タバコは莫大な人的犠牲者のみならず、タバコ税をはるかに上回る経済的損失の原因になっています。タバコ増税は喫煙者減少と歳入増加を期待できる「ウイン・ウイン」の施策であり、1箱1千円以上の国もあり、日本もこれに倣(なら)うべきです。

 自社製品で被害者や犠牲者を出せば、当該企業は公に謝罪しリコールを広報し対策を講じる責任と義務があります。莫大な犠牲者を出し続けるタバコ産業が謝罪も行わず、「拾えば街が好きになる」などの社会貢献活動(CSR)を免罪符として、テレビなどでのCM垂れ流しが容認される日本の現状を、大変嘆かわしく思います。深刻な健康被害をもたらすタバコを「マナーの問題」に矮小化し、豊富な資金力を背景にマスコミを通じて「さまざまな分煙」等という幻想を流布させることは禁止すべきです。「マナーではなくルール」が必要で、そのためには強制力をもつ法制化が絶対に必要です。

 タバコの害の啓発に極めて有効なのが、パッケージへの写真警告表示です。オーストラリアやカナダなどに加え、タイやネパール、韓国などアジア諸国でも導入され、啓発に大きな役割を果たしています。日本はFCTC批准国でありながら、国民にFCTCの啓発も行わず、写真警告表示も行っておらず、現状では不作為の誹(そし)りを免れません。日本ではFCTCの国民への周知度が極めて低い事が、タバコ対策の大きな遅れの原因となっています。