遠藤憲一「俺はドラマの中でもタバコ吸いますよ」

『コンフォール』 愛煙家通信 No.20 2017年春号

読了まで14分

遠藤憲一(俳優)

タバコを吸う俳優さんが少なくなった

撮影:淺岡敬史
――テレビドラマや映画でも喫煙シーンを使いづらい時代になっていますね。

遠藤 テレビ局には喫煙ルームが一応ありますけど、病院でロケをするときにはもちろん絶対吸えないし、全面禁煙の建物で撮影することもあって、そういうときは外に出て吸います。タバコを吸える場所を探すのが日課になっている(笑)。ただ、自分だけ外へ行くと、呼びに来る人が大変ですね。

――喫煙所がコミュニケーションの場になるのではありませんか。

遠藤 スタッフさんは人数が多いので、何人か必ず吸う人がいますけれど、俳優さんには喫煙者は少ないですね。作品によってはいつもより多いなと思ったこともありますが、タバコを吸うのは自分一人というときもありましたし。

 俺はドラマでもけっこう吸っていますけどね。役者としての表現のなかで、この役ならタバコが合うだろう、この場面ではタバコを吸ったほうがいいんじゃないかと考えますから。ここではタバコが必要だと提案してダメだといわれたことはいまのところないので。逆に、あえて吸わないと決めた役もあります。

 ただ、その時々で社会のマナーとかルールというものがあるから、歩きながら路上でプカプカ吸うというのは、いまはドラマでもなかなか出来ないかもしれません。タバコだけじゃなくて、クルマに乗るシーンでは、どんなに急いでいる状況でも必ずシートベルトをするということになっています。クレームが多くなっている時代だから、そこらへんのバランスをどうとるかが問題ですね。

 ただ、木村拓哉さん主演の「安堂ロイド」(TBS・2013年)でヘビースモーカーの刑事役を演じたとき、あえて禁煙の場所で吸って、吸い殻をカップの中に捨てるシーンが台本にありました。さすがにこれは大丈夫かなと気になったんですけど、別にどこからもクレームはつかなかった。視聴者も、そこに意図があって、役柄にはまっているのであれば、そういうものかと思って観てくれると思うんですけどね。

 タバコのシーンって、うまくやると味わいが出てくるんですよ。たとえばものを考えている場面で、何かこう煙の中で一つ違う世界にリンクしていくみたいな、味わいのあるシーンがいままであったと思うんですよね、そういうのがまるっきりなくなっちゃうっていうのは寂しい気がしますね。

 イメージを気にして禁煙した俳優さんもいるでしょうけど、実際、吸っていない人がすごく多いので、喫煙場面があって苦労している俳優さんもいます。吸う人間がやるのとはやはり芝居が全然違ってきますね。本人も、どうしてもうまくできないって悩むことになる。シガレットの形をした咳止め薬がありますよね。一応煙も出るので、あれを吸う人もいます。

 吸わない人、いま本当に多いですよ。やめたって人、多いです。アイコスにした人もけっこういます。俺なんか、ニコチン1ミリのタバコにしたら本数がすごく増えちゃって。時代に逆行していますよね。俺はまあ喫煙家ですよ。やめようと思ったことがないですから。喉の調子が悪くなって本数を減らしたことはありますけど。いちばん少なかったのは1日3本くらい。目標を達成したら、またもとの本数に戻ってしまいました。

 酒でもタバコでも、ほどほどならそんなに害はないと思うんですけどね。女房のお父さんなんてずっと愛煙家で96になっても元気ですから。むりやりタバコを止めたせいですごいストレスを抱えちゃった人も知っているので、それならむしろ吸ったほうが長生きできるかもしれない。いや、本当に。
人生は偶然の積み重ね

人生は偶然の積み重ね


――もともとお芝居にはあまり興味がなかったとか。

遠藤 まったくなかったですね。本当に偶然なことから芝居を始めたので。ただ、中学時代には美術の時間が好きだったし、昔から何かをつくり上げることが好きだったんだと思います。そのなかで、自分の体を通して人物をつくり上げていく芝居というものにだんだん興味を引かれて、とりあえず長く続いたのが俳優だったという感じです。でも、本当だったら絵描きとか彫刻家とか、あるいは作家だったり作曲家だったり、そういう方面の能力があればそっちをやっていたかなと思う時があります。

 芝居は集団作業でしょう。本当は俺、集団生活はあまり得意じゃないので、一人でやれる作業があればそれがいちばんよかったんです。でもよく考えてみると、たとえば作家さんって、言ってみれば編集者との共同作業という面もあるし、一人でやれる仕事って実はそんなにないんですよね。

――どういうきっかけでお芝居の道に入ったのですか。

撮影:淺岡敬史
遠藤 高校をやめて仕事をコロコロ変えながら1年くらいアルバイト生活をしていたときに、タレント養成所の募集広告を偶然見て、バイトの一環みたいな感覚で応募したんです。それで劇団フジに参加してからですね、芝居が好きになったのは。ただ、なかなか食べていけないので、先輩に相談したら、仲代達矢さんの「無名塾」を受けてみたらって勧められて、超難関だったのに、幸いなことに合格したんです。ところが、バイトと同じで続かずに10日でやめちゃった。集団生活が苦手とか、探せば理由はいろいろあるんですけど、さすがにちょっと落ち込んで、そのあと数カ月は一人で悶々として飲んでばかりいました。

 ある日、たまたま「ぴあ」というタウン誌をめくっていたら、劇団昴(すばる)の「動物園物語」っていう文字が目に入った。内容も何もわからないまま、題名に惹かれてたまたま観に行ったんです。その芝居にすごく感動してしまった。アメリカの戯曲だったんですが、舞台にはベンチしかなくて、登場人物は二人っきり。その芝居にすごく感動して、自分もやってみたくて自主公演をやったんです。

 自主公演といったって二人きりの芝居だし、セットもベンチ一つだから手間はかかりません。前にいた劇団の先輩に頼みこんで相手役になってもらって、稽古場を借りる金がなかったから、夜、バイトが終わってから新宿の中央公園とかで練習しました。本番はたった1日限りです。それでも一応チラシを作ったんですよ。それを偶然前のマネージャーが目にして、観に来てくれたんですよ。そこで拾ってもらった。21歳のときですね。

 人には、偶然の積み重ねでググッと人生が変わる出来事ってあると思うんです。あのままずっと無名塾にいたらどうなっていたかは何とも言えない。ただ、やめたから、偶然「ぴあ」で「動物園物語」を見つけてたまたま観に行って、自分でもその芝居を演(や)って、前のマネージャーが偶然チラシを見て劇場に来てスカウトしてくれた。人生には節目というのがあると思うんですけど、あれが俺の人生が変わる最初のきっかけだったんじゃないですかね。演劇に巡り合えたのも学校をやめたのがきっかけだったし、いまから振り返るとそういう「時」というのがあるんだなあと思います。

 それで映像のほうに進んで、最初に出たのはNHKの時代劇でした。「壬生の恋歌」(1983年)という新選組の平(ひら)隊士たちの話です。三田村邦彦さんの主演で、渡辺謙さんも出ていました。俺は坂本龍馬の彼女のおりょうさんを好きになる、暴れん坊でちょっと癖のある平隊士の役。おりょうさんも少し気があってみたいな感じです。おりょうさん役は秋吉久美子さんでした。

――デビュー作で重要な役に抜擢されたのですね。

遠藤 俺、何の実績もありませんでしたから。前の劇団のときはオーディションをさんざん落っこちているので。だから、拾ってくれたマネージャーが「無名塾を10日で退団」というのを経歴の売りにしたんですね。無名塾をすぐやめちゃう人なんていなかったので、NHKの人が興味を持ってくれたらしいです。「どういうやつか見てみたい」ということになって面接に行って決まりました。

 それからTBSの連ドラとか、いろいろドラマに出ているうちに徐々に犯人役が多くなっていきました。悪役時代は長かったですね。40代くらいまでほとんどそういう役ばかりでした。いまだに〝Vシネマの悪役〟のイメージを持っている人もいるようですが、Vシネマの全盛期には呼んでもらっていないんですよ。人気が下り坂になって、新たな人材を探しているときに拾ってくれたという感じです。30代半ばくらいだったかな。

 最初に主演した「湯けむりスナイパー」(テレビ東京・2009年)でも、温泉宿で働いているけど、実は元殺し屋という設定の役でした。でも、そのすぐあとにフジテレビの「白い春」(2009年)でお父さん役に抜擢された。NHKの朝ドラ「てっぱん」(2010~11)のお父ちゃん役に決まったのもちょうどその頃じゃないですかね。

 若い頃は朝ドラのオーディションを受けると「お前の顔は朝には向かない」と言われたものでしたけど、そのあたりから時代が変わったのか、俺自身にも何か変化があったのかはわからないですけど、その頃からいいお父さんみたいな役がどんどんくるようになりました。このときも次の段階に移っていく人生の一つの「時」だったのかもしれません。女房がマネージャーになってくれたことも大きいと思いますが。
バイプレーヤーの時代

バイプレーヤーの時代


――その後バイプレーヤーとして人気が急上昇しますね。最近ネットで見た「主役を食うほど名脇役だと思う俳優ランキング」では遠藤さんが2位に大差をつけて1位でした。

遠藤 本当ですか。

――2位がムロツヨシさん、以下、生瀬勝久さん、小日向文世さん、古田新太さんと続きます。個性的な俳優さんが注目を集めるようになったのはうれしいですね。

遠藤 いままで50代以上の俳優ってあまり話題にならなかったと思うんですけど、そういう世代にも興味を持ってくれるようになったんですかね。あ、でもムロツヨシ君はまだ40そこそこか。

――ご自身ではこの人気の理由はどこにあるとお考えですか。

遠藤 CMにも使ってもらえるようになったし、顔つきがいかつくて強面(こわもて)なのに、やることは真逆の三の線という使い方をしてくださることが多くなったというのはありますね。今はそういうものを求める時代になっているんじゃないですか。

――最近では大河ドラマ「真田丸」の上杉景勝が印象的でした。ちょっと気が弱いところもあって、これまでの景勝とはイメージが違いましたね。ご自分で役づくりをしたところはありましたか。

遠藤 あれは脚本の三谷幸喜さんがつくりだしたキャラクターです。上杉家に限らず、大半は三谷さんがつくり上げたイメージどおりにそれぞれの俳優が演じてああいう風になったって感じじゃないですか。

 俺には上杉景勝のイメージってなかったので、もちろん本番でデフォルメしてふくらませたところはありましたけど。たとえば堺雅人君の幸村に初めて直面したときの感情的な部分だったりとか、山本耕史君の石田三成が戦に飛び出そうとしたところを口だけじゃ止められないから抱きしめて押さえたりとか、そういう微妙なところを少しずつ足しましたが、基本的には三谷さんがつくり上げたキャラクターを忠実に演じたってことですね。

――三谷さんと組んだのは『ギャラクシー街道』(2015年公開。三谷幸喜・脚本監督)が最初ですか。

遠藤 それが初めてですね。その前に大河の話はあったんですけど、それが決まったとたんに『ギャラクシー街道』にも出てくれと言われて。実は今日も三谷さんの台本のスペシャルドラマを撮っていたんです。秋にオンエアされる予定ですが、まだ発表されていないので、タイトルとか内容は言えないんですけどね。

――秋には映画『ミックス。』も公開されます。卓球クラブの話だそうですが。

遠藤 その撮影もいま同時にやっています。新垣結衣ちゃんと瑛太君が主演でミックス(ダブルス)を組んで、いろんな人たちと一緒に卓球の全日本選手権出場をめざす。俺と田中美佐子さんが夫婦の役で、この夫婦は子供を亡くしていたり、ほかにも恋愛の悩みとか将来の目標とか、いろんなものを抱えた人たちが卓球を通して成長していくというストーリーです。

――個性的な俳優さんたちが注目を集めるようになったという話が出ましたが、ドラマ「バイプレーヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~」(テレビ東京・毎週金曜深夜0時12分)がいま話題になっていますね。遠藤さんほか、松重豊さん、大杉蓮さんなど文字どおり名バイプレーヤー6人が本人役で出演して、最後にトークのおまけがつく。

遠藤 業界の人が観てくれているようですね。あと、ネットで会話するのが好きな人たちのあいだで人気があると聞いています。

――出演している6人の俳優さんたちが「かわいい」というネット上の書き込みがずいぶんあります。なぜでしょうね。

遠藤 まったくわからないですね(笑)。

えんどう・けんいち 1961年6月28日、東京都生まれ。83年にNHK「壬生の恋歌」でドラマデビュー。映画初出演は88年公開の『メロドラマ』。02年には『DISTANCE』で第16回高崎映画祭最優秀助演男優賞を受賞。主な出演作は映画『クライマーズ・ハイ』『ギャラクシー街道』、ドラマ「白い春」「不毛地帯」「湯けむりスナイパー」「てっぱん」「民王」「お義父さんと呼ばせて」「真田丸」など。番組ナレーションやアニメの声優も務める。

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