人生は偶然の積み重ね


――もともとお芝居にはあまり興味がなかったとか。

遠藤 まったくなかったですね。本当に偶然なことから芝居を始めたので。ただ、中学時代には美術の時間が好きだったし、昔から何かをつくり上げることが好きだったんだと思います。そのなかで、自分の体を通して人物をつくり上げていく芝居というものにだんだん興味を引かれて、とりあえず長く続いたのが俳優だったという感じです。でも、本当だったら絵描きとか彫刻家とか、あるいは作家だったり作曲家だったり、そういう方面の能力があればそっちをやっていたかなと思う時があります。

 芝居は集団作業でしょう。本当は俺、集団生活はあまり得意じゃないので、一人でやれる作業があればそれがいちばんよかったんです。でもよく考えてみると、たとえば作家さんって、言ってみれば編集者との共同作業という面もあるし、一人でやれる仕事って実はそんなにないんですよね。

――どういうきっかけでお芝居の道に入ったのですか。

撮影:淺岡敬史
遠藤 高校をやめて仕事をコロコロ変えながら1年くらいアルバイト生活をしていたときに、タレント養成所の募集広告を偶然見て、バイトの一環みたいな感覚で応募したんです。それで劇団フジに参加してからですね、芝居が好きになったのは。ただ、なかなか食べていけないので、先輩に相談したら、仲代達矢さんの「無名塾」を受けてみたらって勧められて、超難関だったのに、幸いなことに合格したんです。ところが、バイトと同じで続かずに10日でやめちゃった。集団生活が苦手とか、探せば理由はいろいろあるんですけど、さすがにちょっと落ち込んで、そのあと数カ月は一人で悶々として飲んでばかりいました。

 ある日、たまたま「ぴあ」というタウン誌をめくっていたら、劇団昴(すばる)の「動物園物語」っていう文字が目に入った。内容も何もわからないまま、題名に惹かれてたまたま観に行ったんです。その芝居にすごく感動してしまった。アメリカの戯曲だったんですが、舞台にはベンチしかなくて、登場人物は二人っきり。その芝居にすごく感動して、自分もやってみたくて自主公演をやったんです。

 自主公演といったって二人きりの芝居だし、セットもベンチ一つだから手間はかかりません。前にいた劇団の先輩に頼みこんで相手役になってもらって、稽古場を借りる金がなかったから、夜、バイトが終わってから新宿の中央公園とかで練習しました。本番はたった1日限りです。それでも一応チラシを作ったんですよ。それを偶然前のマネージャーが目にして、観に来てくれたんですよ。そこで拾ってもらった。21歳のときですね。

 人には、偶然の積み重ねでググッと人生が変わる出来事ってあると思うんです。あのままずっと無名塾にいたらどうなっていたかは何とも言えない。ただ、やめたから、偶然「ぴあ」で「動物園物語」を見つけてたまたま観に行って、自分でもその芝居を演(や)って、前のマネージャーが偶然チラシを見て劇場に来てスカウトしてくれた。人生には節目というのがあると思うんですけど、あれが俺の人生が変わる最初のきっかけだったんじゃないですかね。演劇に巡り合えたのも学校をやめたのがきっかけだったし、いまから振り返るとそういう「時」というのがあるんだなあと思います。

 それで映像のほうに進んで、最初に出たのはNHKの時代劇でした。「壬生の恋歌」(1983年)という新選組の平(ひら)隊士たちの話です。三田村邦彦さんの主演で、渡辺謙さんも出ていました。俺は坂本龍馬の彼女のおりょうさんを好きになる、暴れん坊でちょっと癖のある平隊士の役。おりょうさんも少し気があってみたいな感じです。おりょうさん役は秋吉久美子さんでした。

――デビュー作で重要な役に抜擢されたのですね。

遠藤 俺、何の実績もありませんでしたから。前の劇団のときはオーディションをさんざん落っこちているので。だから、拾ってくれたマネージャーが「無名塾を10日で退団」というのを経歴の売りにしたんですね。無名塾をすぐやめちゃう人なんていなかったので、NHKの人が興味を持ってくれたらしいです。「どういうやつか見てみたい」ということになって面接に行って決まりました。

 それからTBSの連ドラとか、いろいろドラマに出ているうちに徐々に犯人役が多くなっていきました。悪役時代は長かったですね。40代くらいまでほとんどそういう役ばかりでした。いまだに〝Vシネマの悪役〟のイメージを持っている人もいるようですが、Vシネマの全盛期には呼んでもらっていないんですよ。人気が下り坂になって、新たな人材を探しているときに拾ってくれたという感じです。30代半ばくらいだったかな。

 最初に主演した「湯けむりスナイパー」(テレビ東京・2009年)でも、温泉宿で働いているけど、実は元殺し屋という設定の役でした。でも、そのすぐあとにフジテレビの「白い春」(2009年)でお父さん役に抜擢された。NHKの朝ドラ「てっぱん」(2010~11)のお父ちゃん役に決まったのもちょうどその頃じゃないですかね。

 若い頃は朝ドラのオーディションを受けると「お前の顔は朝には向かない」と言われたものでしたけど、そのあたりから時代が変わったのか、俺自身にも何か変化があったのかはわからないですけど、その頃からいいお父さんみたいな役がどんどんくるようになりました。このときも次の段階に移っていく人生の一つの「時」だったのかもしれません。女房がマネージャーになってくれたことも大きいと思いますが。