田中節孝(観音寺前住職)

取材・構成=編集部

 2012年に長崎県対馬市豊玉町の観音寺から韓国人窃盗団に盗まれ、韓国に持ち込まれた県指定有形文化財「観世音菩薩坐像(以下、仏像)」について、今年1月26日、大田地方裁判所は同国の浮石寺へ引き渡すように韓国政府に命じる判決を下した(判決後、韓国の検察は控訴)。日本から盗んだ仏像を返す必要はない、という耳を疑うような判決である。田中節孝氏は1985年4月から2004年5月まで、観音寺の住職を務めた。これまでの経緯を含めて、先の判決をどのような思いで受け止めたのか、対馬の観音寺で話を聞いた。

〝怪しい動き〟は以前からあった 

2016年5月、韓国中部瑞山の浮石寺を訪れた長崎県対馬市の観音寺前住職、田中節孝さん(共同)
2016年5月、韓国中部瑞山の浮石寺を訪れた長崎県対馬市の観音寺前住職、田中節孝さん(共同)
――まず、先の判決の感想からお聞かせください。

田中 韓国政府側は最初、「14世紀に倭寇が略奪した」という韓国・浮石寺の請求に対して「確たる証拠はないので日本へ返還する」という姿勢を見せていました。ところが地裁の判決が出る前ごろから、仏像の所有権は浮石寺にあるとする人びとを中心に「日本側こそ仏像が日本に渡ってきた経緯を証明せよ」と騒ぎ始めた。こうした経緯から、大田地裁の判決についてもある程度予想はしていました。とはいえ、やはり理性と品格を欠くような判決で、日本とは異次元の世界であると感じました。

 本件に関してはっきりしている事実は次の3つです。第1に、仏像は観音寺の所有である。第2に、観音寺は仏像を500年以上の長きにわたって所有してきた。第3に、それが韓国の窃盗団に盗まれたということです。真実はこれら3つしかありません。浮石寺側はもともと倭寇が盗んだというが、ただの推測というより妄想にすぎず、何の証拠もありません。盗人猛々しいというか、常人ではとても思い付かない発想です。