古森義久(産経新聞ワシントン駐在客員特派員)×アール・キンモンス(大正大学特任教授)

言葉の使い方が逆


古森 アール・キンモンスさんは日本史研究(社会史・思想史)が専門の学者です。アメリカの名門ウィスコンシン州立大学で博士課程を修め、同博士号の論文を基に『立身出世の社会史』(TheSelf-MadeManinMeijiJapaneseThought、玉川大学出版部)という本を書きました。さらにイギリスのシェフィールド大学で研究を重ね、1999年からは、日本の大正大学で特任教授を務めています。

 たいへん興味深いことに、キンモンスさんは研究テーマとして「欧米のマスコミが日本をどのように報道してきたか」を多年にわたり分析し、「海外マスコミにおける日本のイメージ」という研究報告をまとめています。

 私が長年、ワシントンでアメリカの政治や外交を取材して感じるのも、まさに対日報道の在り方に問題がある、という点です。とくに『ニューヨーク・タイムズ』などリベラル系のメディアでは、日本に関する偏見に近いイメージから報道が行なわれており、アカデミズムの領域でも、なぜか日本研究に携わるアメリカ人学者のなかに誤った対日イメージをもつ人が多い。

 たとえばアメリカのメディアは、安倍晋三首相に対して「右翼」や「軍国主義者」「歴史修正主義者」など侮蔑的なレッテル表現で再三、批判をぶつけてきました。しかも根拠が不明のままに、です。
今村復興相辞任について記者の質問に答える安倍首相=4月26日午前、首相官邸
今村復興相辞任について記者の質問に答える安倍首相=4月26日午前、首相官邸
 これは安倍氏個人のみならず、日本の国際的なイメージを貶めており、とうてい看過できません。キンモンスさんはどのように感じていますか。

キンモンス 私も、安倍首相を「ファシスト」や「ナショナリスト」などと表現する記事を数多く目にしてきました。最近はトランプ大統領が悪役になっているおかげでだいぶイメージが改善しているようですが(笑)。しかし、おっしゃるように欧米ではいまだに安倍氏をファシズムやナショナリズムの文脈で語っています。

 しかしそもそも、政府のリーダーがナショナリストではない国が世界に存在するでしょうか。あったとしたら、そのほうが問題です。また、アメリカのアカデミズムでいわれる歴史修正主義者(revisionist)とは、むしろ伝統的な歴史観に異を唱えるリベラルな学者を指すことが多い。日本では右翼に対して「おまえは歴史修正主義だ」と批判することが多いですが、アメリカとは言葉の使い方が逆です(笑)。

古森 ちなみに、日本の左翼とアメリカのリベラルも少し意味合いが異なりますね。アメリカでは、日本の左翼のように共産主義者や社会主義者のことではなく、自由でオープンだけれども政府が大きな役割を果たす社会とか、伝統的な価値観や歴史に批判的な人びとをリベラルと呼んでいる。その意味で、キンモンスさんも決して右翼でも左翼でもないということになりますかね(笑)。

 私は、NBR(TheNationalBureauofAsianResearch)というインターネット上の論壇サイトでキンモンスさんのことを知りました。NBRに寄せられる批評の論調も全体としては対日批判が色濃く、私自身もバッシングの対象になったことがあります。しかし、そのなかでもキンモンスさんのコメントは冷静で、「アメリカの日本研究者にもこれほど歪みのない視点をもった人がいるのか」と知って驚いた記憶があります。

キンモンス 私は長くイギリスに住んでいた経験から、ヨーロッパの常識的な見方からして、安倍氏は中道右派(centerright)である、と思っています。彼のことを右翼(rightwing)と呼ぶのは、日本の街中で軍服を着て大音量で軍歌を流す車に乗っている人、というイメージ。イギリスやアメリカでrightwingというのは「最小の政府こそ最善である」と考え、「小さな政府」を推進する人たちのことです(たとえばイギリスのサッチャー元首相など)。具体的には、民営化や規制緩和による財政削減をモットーとする政治家などを指します。

 もし仮に安倍首相がアメリカの定義でいうところの「右翼」であれば、彼はただちに日本の国民皆保険制度を廃止して人工妊娠中絶を禁じ、教室での祈禱を法制化して銃の所持を解禁することでしょう。しかし、これらはどれも安倍首相の政策には当てはまりません。彼を「ファシスト」ということさえあるアメリカのメディアは、たんに安倍氏を批判したいために安直な言葉を持ち出しているにすぎない気がします。

「日本会議は圧力団体」はナンセンス


古森 おっしゃるように、アメリカの一部メディアは安倍氏を批判するため、意図的に悪意のあるレッテル貼りを行なっています。その結果、いまや日本に関する偏向報道は安倍首相にとどまらず、その周辺にまで及んでいる。たとえば憲法改正を掲げ、安倍政権を支援する日本会議という民間団体があります。アメリカのメディアは、あたかもこの団体が安倍政権を裏で動かしているかのように「日本会議が日本の政治を支配している」と書いています。また同じ歪みの傾向として「日本政府は言論を弾圧している」「日本の改憲の動きは軍国主義の復活だ」などと報じています。アメリカの『THE DAILY BEAST』なるメディアに至っては、日本会議について「日本を裏から操るカルト」という見出しの記事を載せ、日本会議をカルト教団呼ばわりさえしている。カルト(cult)というのは、日本でいえばオウム真理教のようなテロまで行なう集団のことですよ。きわめて悪質で異常な報道といわざるをえません。

キンモンス まったくナンセンスですね。その種の外国メディアは「日本会議は政権を動かす圧力団体」と報じていますが、日本会議の会員数は約3万8000人だそうです。全米ライフル協会の会員数をご存じですか? 400万人ですよ(笑)。こういう組織こそ「圧力団体」というのであって、先ほどの右翼の例と同じく、言葉の意味を理解しないまま批判の道具に使っている。