史上最年少プロ棋士、藤井聡太の「最強伝説」はこうして始まった

『Voice』 2016年12月号

読了まで13分

藤井聡太(将棋棋士)

聞き手=タカ大丸(ポリグロット<多言語話者>)

 藤井聡太四段(10月1日付で四段に昇格)は、9月3日に最終日を迎えた第59回奨励会三段リーグ戦で1位となった。1954年に加藤一二三九段が14歳7カ月で達成した最年少記録を62年ぶりに更新し、史上最年少(14歳2カ月)プロ棋士が誕生した。過去に中学生でプロ入りを決めたのは、加藤九段のほかに、日本将棋連盟会長の谷川浩司九段、羽生善治三冠、渡辺明竜王の4名だけである。

 将棋のプロになるには必ず棋士一人の推薦を得て師匠となってもらい、日本将棋連盟が運営する奨励会というプロ棋士養成機関に入会しなければならない。最初は六級からスタートするが、県代表・アマ五段と奨励会の六級がほぼ同じレベルである。小学生のうちにこの奨励会に入らないと、まずプロになることはない。

 入会後は、各級・各段で規定の勝率(6連勝・9勝3敗など)を上げながら、昇級・昇段を重ねる。三段になると三段だけで構成される三段リーグ(年2回)で戦うことになるが、四段に昇格できるのは上位2名だけだ。今回の三段リーグの場合、29名が参加し、藤井四段を含め上位2名が昇段した。三段リーグは奨励会トップの棋士が集い、勝ち上がるのは容易ではない。
5月1日、プロ公式戦デビュー後の連勝記録を「15」に更新した藤井聡太四段=東京・千駄ヶ谷の将棋会館(春名中撮影)
 将棋の世界は三段まで無給で、四段からプロ棋士となり報酬がもらえるようになる。そして、年齢制限が厳然と存在する。26歳までに四段昇段、つまりプロになれない場合は原則退会である。三段リーグのなかで10代は3名しかいなかった。しかも2名は「19歳」である。そう考えると、藤井四段の凄みがよくわかる。

 私は、藤井四段がまだ小学6年生、奨励会初段のときから、成長を見届けている。小6で初段(最終的に二段になった)という記録は、羽生三冠、渡辺竜王を上回る早さである。今回は藤井四段の母・裕子さんの同席のもと、昇段直後の心境や将棋に打ち込む思いを聞いた。
年上と対局するプレッシャーはない

――藤井四段が昇段を決めた例会当日、将棋連盟で待ち伏せしていたのですが、お父さまと肩を並べながら談笑する藤井四段を見かけて驚きました。多くの奨励会員は、たいてい、青ざめた顔で将棋連盟にやって来るものです。

藤井聡太(以下、聡太) あの日は、それほど緊張しませんでした。

――会場に入って、周囲からの威圧感はありましたか。大学生以上の棋士のなかで、1人だけ中学生が紛れ込んでいる。「こいつだけは上に行かせたくない」という思いは強いはずです。

聡太 昔から大会で年上とばかり指していたこともあり、特別な違和感やプレッシャーはあまりないですね。奨励会に入会してからはとくに、同級生と対局することも少なくなりましたし。

――しかし、藤井四段は第一局目を落としてしまいました。どこで間違えたのですか。

聡太 あとで知ったのですが、対局相手の坂井三段は「昇段者キラー」で有名だったようです。序盤、中盤は順調だったのですが、終盤で悪くしてしまい、逆転されてしまった。

――第一局が終わると、二局目の前に昼食が出ますね。その間、どのように過ごされていたのですか。

聡太 昼食は食べませんでした。奨励会は東京と大阪に本部があり、大阪で行なわれる対局だと、いろいろなメニューから好きな食事を選べるんです。でも、東京の場合なぜか、おかずが詰まった弁当しか出されない。僕はチャーハンのような一品物が好きなんです。ご飯とおかずというのは何か重い感じがして、その日もお弁当は口にしませんでした。

――午後の対局を前に、昇段争いは4人に絞られていました。午前中に勝った大橋三段がまず一抜けを決め、藤井三段を含む残り3人は全員負けていた。つまり、この日までに12勝4敗で首位に立っていた藤井四段が午後に勝てば文句なく昇段という局面でした。

聡太 二局目は、僕が勝ったら昇段、負けたら100%昇段しないという、わかりやすい状況だったので、迷わず指せました。

――これまでの戦歴を振り返って、大一番に負けたことはほとんどないのでは?

聡太 じつは、わりと負けているんです。五級昇級の際に、3、4回昇級を逃しています。その後はそれほどのことはなかったと思うのですが。

(補足)昨年8月、藤井聡太二段(当時)は、2連勝すれば三段昇段という場面があった。昇段を果たせば、9月からの三段リーグに参戦、この勢いで今年の3月に「中学1年生のプロ棋士」が誕生というのが私の読みだった。彼はこの機会を1勝1敗で逃した。三段昇段は昨年10月まで延び、次の三段リーグ開幕の4月まで半年もの期間が空いてしまった。これにより、藤井聡太の四段昇段が半年遅れてしまったともいえる。
詰将棋が自分を強くしてくれた

――現在、藤井四段は名古屋大学教育学部附属中学校に通う中学2年生ですが、プロ棋士昇格が決まり、学校の反応はいかがでしたか?

聡太 学校には将棋部もないし、将棋に詳しい友人があまりいないんです。でも、新聞とかテレビに僕が出ているのを見て、“すげぇじゃん”とはいわれましたが(笑)。いま通っている学校は、カート競技で世界大会に出場している子もいたり、個人で取り組んでいることに対して、比較的大きな目で見てくれていると感じますね。先生も含めて、サラッと受け入れてくれていますよ。

――授業中に将棋のことを考えることはありますか。

聡太 それはないです。授業のときは授業に集中しています。師匠の杉本昌隆七段には「僕は学校に詰将棋を持参していっていたけれど」といわれたこともありますが、僕は持っていかない。頭の中で盤面が浮かぶということもありません。
4月13日、将棋の竜王戦ランキング戦6組で星野良生四段(右)を破り、自身の持つデビュー後の連勝記録を「12」に更新した藤井聡太四段=大阪市の関西将棋会館
――藤井四段は、将棋の場面を図面で考えるのか、棋譜で考えるのか、どちらのタイプですか。

聡太 基本的に、符号で考えて、最後に図面に直して、その局面の形勢判断をしています。

――5歳で将棋を始めたきっかけが、祖母・育子さんが買ってきた「スタディ将棋」(くもん出版)だったそうですね。

藤井裕子(以下、裕子) それぞれの駒に矢印が付いていて、役割が一目でわかる将棋キットで、すぐに熱中していました。私の母がいうには、のめり込み方が、ほかの孫に比べて聡太だけ突出していたそうです。

聡太  「スタディ将棋」の何が気に入ったのかはあまり覚えていないのですが、単純に楽しかったのだと思います。将棋なら年上の相手と対等に渡り合えるというのも嬉しかった。どんどん新しい手を覚えて、それまで勝てなかった相手に勝てることに、やり甲斐を感じていました。

――この半年で急激に強くなったように感じます。3月に藤井三段(当時)と対戦したプロ棋士は「一期抜けは無理」と断言していました。一方で私の友人は、いまや三段と大駒一枚違うといいます。何があったのですか?

聡太 大駒一枚は、言い過ぎです(笑)。でも、今年の5月くらいからフリーソフトを何個かインストールして、パソコン上で将棋を指すようになりました。自分の弱みや間違っていた手がわかるので、勉強になります。
母「対局に負けると不機嫌になる」

――プロ棋士になるための必須要件の1つに「詰将棋」があります。藤井四段はタイトル保持者を含むプロ棋士たちを抑え、2年連続「詰将棋回答選手権」で優勝していますが、詰将棋の楽しみを教えてください。

聡太 詰将棋は、配置された将棋の局面から王手の連続で相手の玉将を詰めるパズルのようなもので、終盤にかけて何か筋が見えた瞬間に快感を覚えます。詰将棋が自分を強くしてくれたと思っています。

――お母さまにお聞きします。5歳から将棋をずっと続けていた藤井四段をご覧になっていて、性格に何か変化はありましたか。

裕子 どちらかというと、いい変化のほうが大きいですね。集中力が身に付いたことで、長時間ジッと座っていられるようにもなりました。

 一方で、怒りっぽくなった印象があります。普段はほとんど怒ることはないのに、対局に負けると、不機嫌になるんです。外では抑えているのでしょうけど、家に帰ってくると、すごく悔しがっているのが伝わってきます。

聡太 負けたことが許せないというより、自分の弱さを痛感させられるんです。それが純粋に悔しい。

――藤井四段自身は自分の弱さをどう分析しているのですか。

聡太 先ほど母は、「集中力がある」と述べましたが、自分では集中力がないと思っています。目の前の対戦相手と対局していても、隣の対局のほうが気になってしまう。10分に1回ぐらいの間隔で、隣の対局の進捗が気になってしまうんです(笑)。

――自分の対局に必死で、横を見る余裕はないのでは?

聡太 ほかの対局が気になる棋士は、僕に限らずたまに見かけます。三段の試合に出場している棋士のなかには、席を立って、二段以下の対局を見に行く人もいました。三段の対局を見るのは気が重いから、二段以下、つまり自分に関係ない将棋を見て気分転換をしているらしいです。

裕子 私はもっと、集中したほうがいいと思うな。

聡太 もちろん、つねに目の前の対局に集中できればいちばんです。でも、緊張感のある対局のなかで、集中力を持続するのは意外に難しいんです。息抜きというわけではないですが、多少、気分を緩めることも必要かなという気もします。
AIとの勝負に意味はない

――最近の将棋を語るうえで避けて通れないのが、AI(人工知能)との対戦です。2015年4~5月に開催された第1期電王戦では、山崎隆之叡王(八段)が将棋ソフト「Ponanza」(山本一成氏と下山晃氏が開発)に敗れました。現在、第2期電王戦でAIと対戦する棋士を決める叡王戦の本選が行なわれています。藤井四段はAIと戦うことをどう考えていますか。

聡太 個人的には、今後は囲碁や将棋といった「頭脳スポーツ」の分野においては、AIは勝負の対象ではなくなっていくのではないか、という気はします。たしかに、AI棋士がだんだん強くなり、将棋の概念が狭いものになってしまう懸念はありました。一方で、これまでにない新しい指し方もたくさん発見できたことで、僕自身も将棋の奥深さを再認識することができた。同じ視点で、将棋ファンの方にも、AIとの対戦を楽しんでもらえばいいのではないでしょうか。

 最終的には、プロ棋士よりAIが強くなると思います。両者の力の差はどんどん広がっていくかもしれない。たとえそうなったとしても、角落ち(上手が自分の駒のうちから角行を外して対局すること)されてまで勝負を挑むことに意味があるとは、僕は思わないです。

――「将棋ファン」という言葉を述べられましたが、最近では、29歳の若さで亡くなった天才将棋棋士・村山聖の一生を描いた映画『聖の青春』が公開されたり、人気漫画『3月のライオン』(白泉社)がアニメ化されるなど、若年層のあいだで将棋がブームになっています。若くしてプロ棋士になったからこそ、将棋振興のためにご自身が果たせる役割をどう考えていますか。

聡太 将棋の素晴らしさは、年齢や性別を問わず、対等に対局できること。僕みたいな若い子が大人に交じって頑張っている姿を通して、将棋の魅力をいろいろな人に伝えることができれば、と思います。

――羽生善治三冠や76歳の加藤九段といったトップ棋士と同じテーブルで将棋を指せるのは、将棋ファンでなくても、羨ましく思います。

聡太 加藤九段とは先日、対談しましたが(『読売新聞』10月17日付)、その年齢まで将棋を続けられる加藤先生は偉大だと思います。

――最後に、プロ棋士になるにあたり、これまでサポートしてくれたお母さまへどんな言葉を贈りますか。

聡太 母は、将棋に関しては、あまり口出しをせずに、いつも傍で支えてきてくれたので、本当に感謝しています。

裕子 将棋に関してはよくわからないので口出しできないのですが、生活態度については、その都度注意するようにしています。息子のために将棋に集中できる環境を整えたい、とはいつも思っています。また、大勝負の前はとくに、聡太が落ち着いて試合に臨めるように、私自身も穏やかな気持ちでいよう、と心掛けています。

聡太 へぇ、そうなんだ(笑)。12月には初対局が控えています。これまでと変わらずしっかり準備をして、あまり気負わずに戦っていきたい。頑張りますので、読者の皆さんにも応援していただけたら、嬉しいです。

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