羽生善治(将棋棋士)

 将棋界において、25年以上にわたって一度も無冠になったことがなく、トップの座をキープし続けている羽生善治氏。変化のスピードが速く、「情報戦」の様相を呈しつつある将棋界において、羽生氏はいかに膨大な情報を処理し、素早い判断につなげているのか? お話をうかがった。

 ITの進化などによって変化のスピードが速くなっているのは、ビジネスの世界だけではなく、将棋界も同じだ。

 将棋の公式戦は年間2,000局以上行なわれており、今はそれらの棋譜をパソコンで検索することが可能になっている。また、主だった対局については、インターネットでの中継も頻繁に行なわれるようになった。そのため、新しい戦型を編み出しても、すぐに研究されて、通用しなくなってしまうようになっているのだ。

 さまざまな戦型が次々と試され、同じ棋士でも戦い方のスタイルがどんどん変わっている今の将棋界。そんな中で勝ち続けるためには、情報の収集と分析が欠かせない。だが羽生氏は、「情報とのつきあい方に気をつけないと、情報がかえって勝負の邪魔をすることが少なくない」と言う。
第87期棋聖戦の第5局で、永瀬拓矢六段と対局した羽生棋聖=2016年8月1日、新潟市西浦区の高島屋(松本健吾撮影)
第87期棋聖戦の第5局で、永瀬拓矢六段と対局した羽生棋聖=2016年8月1日、新潟市西浦区の高島屋(松本健吾撮影)
「私は、対局の前に、対戦相手の最近の戦い方の傾向をチェックするようにしています。あらかじめ情報収集をしておくことのメリットは、予想どおりの展開になったとき、最初の30~40手ぐらいまでの間は、あまり考えることなく進めていけることです。前半にエネルギーを温存できるぶん、本当の勝負どころで集中力を発揮することができます。

 しかし、情報収集にはデメリットもあります。1つは、物理的に多くの時間を取られてしまうこと。最新の動向を吸収することばかりにとらわれていると、自ら創造的な手を編み出していくことの研究に時間を割けなくなってしまいます。

 もう1つは、情報を収集して対策を練れば練るほど、思い入れが強くなりすぎてしまうことです。ある新しい戦型を1カ月間かけて勉強し、自分のものにしたのに、そのときにはすでに時代遅れのものになってしまっていることがあります。ところが、『せっかくこんなに情報を仕入れて勉強したのに』という思いが強いと、容易に捨てられず、判断の遅れにつながることがあるのです。情報収集をしすぎたり、対策を練りすぎたりすることが、かえって時代に取り残されてしまうことになりかねないということです。

 ですから、『捨てるべきときには、過去の蓄積を惜しまずに捨てる』という覚悟が重要になります」