もちろん、羽生氏は情報を軽視しているわけではない。意識しているのは、時間が限られている中で、自分にとって重要だと判断した情報だけを適切に選択していくことだ。

「選択する情報はテーマによって変わってきます。たとえば、ある戦型を体系的に分析するときには、その戦型の歴史を振り返り、転換点となった対局の棋譜をいくつか探します。また、何か新しいアイデアを得たいというときには、過去に誰かが試みた一手でヒントになりそうなものをピックアップします。テーマが違えば、必要となる情報も違ってくるのです。

 そして、『これはぜひ自分のものにしたい』という棋譜については、プリントアウトをしたうえで、実際に盤に駒を並べて覚えるようにしています。

第87期棋聖戦の第4局を制した羽生棋聖
=2016年7月13日、島根県隠岐の島町の羽衣荘
(松本健吾撮影)
 プリントは、ある程度溜まったら捨てています。捨てることで『ここで覚えておかないと、しばらく見ることができない』という緊張感が生まれるからです。

 ただし、覚えるといっても、暗記をするというより、その場面の状況を全体像として把握しておくという感覚です。将棋の場合、『過去に見た棋譜と似ているが、歩の位置が少し違う』といったように、似て非なる場面というのが非常に多いんですね。そこで、全体像を覚えておけば、実際の対局の中で初めて経験する局面になったときでも、『あのとき覚えたあの場面の状況に似ているぞ』というふうに類推が働き、対処法が見つかることがあります。

 情報は、ただ見て暗記するだけだと、しばらく経ったら忘れてしまいます。これは時間のロスでしかありません。収集した情報を経験知として活かせるように、しっかりと自分のものにすることが大切です」