田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 エンゲル係数の高水準が続いているという。エンゲル係数とは、消費支出の中に占める食費の割合のことで、19世紀のドイツの社会統計学者エルンスト・エンゲルが発見した経験法則である。この法則は一般にも知られている。
 例えば、所得の上昇とともにエンゲル係数は低下する、と学校で習っているかもしれない。これを「エンゲルの法則」と称しておこう。所得が上昇するとともに、食費以外の支出が増えていく。したがって、エンゲル係数が低下するのは生活が豊かになっている証拠だというふうに教えられたかもしれない。反対にいえば、所得が低下すれば、エンゲル係数は上昇することにもなる。

 エンゲルの法則は、戦前の日本社会でも話題になった。ユニークな経済学を当時展開していた、京都帝国大学(現京都大学)教授の高田保馬は、エンゲルの法則について興味深い分析を行っていた。

 高田保馬は、論文「住居費の一研究」(1924年)の中で、大正後期の都市住民の住居費、食料費の動向について統計的な分析を行っている。高田は、生計費の内訳を、生存費(自己の生命を維持するための費用)、充実費(生活内容の充実のための出費)、誇示費(自らの社会的勢力を誇示するための費用)として区分している。

 高田のユニークなところは、最後の誇示費を入れているところだ。彼はこれを、「世間的な対面を気にする際に必要な経費」としていて、所得の高い層ほど住居に対する出費が「安定的である」と主張した。この「安定的である」とは、所得の上昇に応じて、少なくとも住居費が低下することはない、という意味である。

 むしろ、住居費には体裁を気にして下限が存在する、あるいは自分の社会的評価を住宅の質で見せびらかしたいという動機が作用して、できるだけ住居費にお金を割くだろう、と高田は考えていた。住居費の下方硬直性という現象だ。他方で、高田は食料費に関する支出については、エンゲルの法則に賛同していて、所得の上昇とともにエンゲル係数は低下すると考えていた。