中国は「あったこと」を「なかった」と言うが、「なかったこと」は「あった」と言う癖がある。

 前者の典型例が1989年6月4日の天安門広場での学生虐殺である。事件後、一切の報道はなくなり、映像は絶対にテレビ画面には出てこなくなった。したがって、若い世代の中国人は「天安門事件」を知らない。中年以上の世代には「あれは外国の諜報機関が仕組んだ和平演変(えんぺん)」だとして、外国の陰謀だったと教唆している。

 後者の典型は幻のフィクション「南京大虐殺」なるものだ。同時に必死で「なかった」ことにしたいのが、中国の殺人部隊が居留日本人を虐殺した「通州事件」である。

 中国兵に惨殺された邦人は257人。その通州事件で犠牲となった多くの日本人たちの非命をたどったノンフィクション、血涙の作品が加藤康男氏の『慟哭の通州』(飛鳥新社)である。

 かの「南京大虐殺」とかいう架空の事件は、中国がでっちあげた嘘放送の類いだった。このことはすでに120%証明されたにもかかわらず、前述したように、ユネスコはこれについての資料を世界記憶遺産に登録しようという中国の申請を認めてしまった。ブルガリア共産党出身のボコバが主導した。日本が貶(おとし)められているのに日本政府も外務省も対策が遅れた。しかし後日、日本は少なからず報復した。ボコバが狙った国連事務総長の座という選挙運動に協力しなかった。ユネスコへの拠出金を支払わない挙に出て、すっかり国連があわてた。日本の拠出金がないとユネスコはにっちもさっちもいかない。

 でっちあげはともかく、現実に起きた日本人大虐殺の「通州事件」は、ようやくにして「アーカイブ」が民間人の手で設立され、歴史教科書にも一部だけだが掲載され、各地で研究と講演会が連続開催され、ユネスコの世界記憶遺産への登録申請が行われる。

 しかし事件から長い歳月が流れ、いったいどれほどの日本人が、この事件の真相を知っているのだろうか。まして日本政府は、この事件を忘却の彼方へと自虐的に追いやり、戦後、問題として取り上げ、中国に抗議して賠償を請求することは一度もなかった。

複眼で通州事件を見ると、これが盧溝橋事件直後に起きたという時系列的なポイントが重要になる。なぜ北京郊外に日本兵がいたかは説明するまでもない。居留外国人の安全を護るための今日でいうPKOであり、断じて「侵略」ではなかった。

 そもそも日本は対外的に侵略戦争を行ったことは一度もない。

 歴史教科書とメディアの偏向にすっかり洗脳されて、日本の戦争が「侵略戦争」だと信じている人がいる。それも依然として夥しい数にのぼる。歴史学会の知の荒廃は凄まじく、外国の代理人が暗躍する世界に堕した。左翼史家、左翼作家がはびこり、嘘の歴史解釈がいまも拡大再生産されている。それが「歴史探偵」とか「歴史学者」を名乗るのだから、惨状の深刻さがわかる。

 抜本的に謙虚に歴史を見つめなおすと、何が見えてくるか。

 日本は神武天皇の肇ちよう国こくから対外的に一度も侵略した戦争はない。秀吉の朝鮮出兵も、台湾への出兵も歴史的経緯をよく注意してみれば、侵略ではない。朝鮮合邦は致し方なく、渋々行った結果であり、満洲の建国は五族共栄の理念によった。大東亜戦争は米欧に仕掛けられて、致し方なく、立ち上がった。

 戦争の真実はどこにあるのか?

 田中英道氏の『日本の戦争 何が真実なのか』(育鵬社・扶桑社)は古代から近・現代までの日本の対外戦争史をたどり、これまでの左翼史観の誤謬(ごびゆう)を正し、徹頭徹尾、防衛的専守防衛に徹していた真実を描きつくした。