対談 参院議員 中山恭子氏/東京基督教大学教授 西岡力氏

拉致が脇に追いやられている日朝合意


 西岡 今年5月29日、日本と北朝鮮は、北朝鮮による日本人拉致被害者らについて再調査することで合意しました。これまで「拉致は解決ずみ」と言ってきた北朝鮮の姿勢が変化したことで、被害者救出を目指してきた「救う会」には「よかったですね」という声がたくさん寄せられました。しかし実は、このとき発表された政府間協議の合意文書を読み、内心「本当によかったのだろうか」という複雑な思いでいました。そうしたら発表翌日、テレビカメラの前で中山先生が「よく見極めないとたいへんなことが起きる」「大丈夫なのか」と強い懸念を表明され、懸念はさらに強くなりました。

 中山 あのときは、厳しい言葉を使ってしまいました。合意文書に目を通して、というより目を通し始めた瞬間に感じたのは、拉致被害者救出が合意の主要テーマになっていない、ということでした。文書は「双方は、日朝平壌宣言に則って、不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、国交正常化を実現するために、真摯な協議を行った」という書き出しになっています。平成14(2002)年9月17日に訪朝した小泉純一郎首相が金正日国防委員長と交わした平壌宣言には、「拉致」という文言は入っていません。いわゆる「国交正常化」交渉に主眼を置いていて、「日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題」などと曖昧な言葉で触れているだけです。その「平壌宣言に則って」という書き出しですから、拉致問題が脇に追いやられているという印象を強く受けました。

日朝政府間協議に臨む、外務省の伊原純一アジア大洋州局長(左手前から3人目)、北朝鮮の宋日昊・朝日国交正常化交渉担当大使(右手前から3人目)=7月1日、北京の北朝鮮大使館
 西岡 平壌宣言を出したあと、北朝鮮はミサイルを発射したり核実験を強行したりと宣言の合意事項に繰り返し違反してきました。宣言は無効でしょう。

 中山 ええ。ところが日本の外務省は今もなお平壌宣言を後生大事に抱え込んでいるとしか思えません。北朝鮮がミサイルを発射した段階で宣言は無効だと言い切るべきだったのに、それもしないで現在まで来ている。今回の合意文書の「不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し」という文言も平壌宣言に出てきます。その文言を使って「真摯に協議をした」というのであれば、やはり日朝国交正常化に重点を置いた合意であるとしか読めないのです。

 読み進むと、北朝鮮側が約束した行動措置として、北朝鮮内の日本人に関する調査が挙げられているのですが、この項目もどう理解してよいのか分かりませんでした。「第一に、1945年前後に北朝鮮領域内で死亡した日本人の遺骨及び墓地、残留日本人、いわゆる日本人配偶者」ときて、最後にやっと「拉致被害者及び行方不明者を含む全ての日本人」と出てくる。拉致は犯罪行為です。戦後に残留せざるを得なかった方々や帰国事業で北に行かれたいわゆる「日本人妻」の調査も間違いなく重要ですが、袋詰めにされるなどして無理矢理暴力的に連れていかれたり、騙されたりして連れていかれた犯罪の被害者を同列に扱う、あるいは最後に記してすませるという感覚は、何なのかと思いました。

 一読して、これは外務省の中でずっと続いている流れ、つまり日朝の国交正常化交渉を実現させるための合意でしかないと考えざるを得ませんでした。拉致被害者救出のための話し合いが、真剣になされてないのではないかと心配されます。国交正常化問題は交渉ですが、拉致の問題は交渉ではなく救出なのです。そこを分かっているのでしょうか。

 西岡 北朝鮮が拉致を認める前には、槙田邦彦アジア大洋州局長(当時)が「(拉致された)たった10人のことで日朝国交正常化交渉が止まってよいのか」と発言したのを思い出します。

 中山 国交正常化最優先の姿勢がいまも変わっていないということですね。

 西岡 私が最も心配している点は、生存している被害者の身の安全です。昨年処刑された張成沢は実は認定被害者全員を返すという方針で日本と交渉しようとしていました。それに反対していたのが統一戦線部です。現在の交渉は、その統一戦線部が主流になっている。だとすると、認定被害者はほとんど帰ってこず、最悪の場合は生きている被害者を殺して、本物の遺骨にして出してくることさえあり得るのではないか。そんな危険性があると思いました。

 本誌7月号で書きましたが、北朝鮮は2007年頃から「日本のDNA鑑定技術で死亡時期や死因はどの程度分かるのか」を調査していたという情報を北の内部から入手していたからです。2012年には遺骨を高温で焼いた後、DNAを鑑定する実験までヨーロッパで実施しています。その骨が誰のモノかは判断できるが、死亡時期や死因は判別できないという火葬温度を探ったというのです。

 今回の合意の背景には、経済制裁が効いて北朝鮮が外貨不足に陥り、中朝関係も悪くなって困り果てて日本に接近してきたという事情があります。その点で、制裁圧力で彼らを交渉の場に引きずり出すという第一次安倍政権以降の戦略は成功だった。そのことは押えておくべきですが、交渉でいつも嘘をつく彼らが、被害者を殺して遺骨をつくるという恐ろしい嘘を考えているのであれば、取り返しがつかない。そのため、水面下で、認定被害者が本当は生きているのだという保証を日本が取ったうえで協議を進めているのか。心配しています。

北朝鮮で「帰国を協議する」ことの危険


 西岡 次に、合意文書の中の北朝鮮がやるべき行動措置の第5に、こう書いてあります。「拉致問題については、拉致被害者および行方不明者に対する調査の状況を日本側に随時通報し、調査の過程において日本人の生存者が発見される場合には、その状況を日本側に伝え、帰国させる方向で去就の問題に関して協議し、必要な措置を講じることとした」。《帰国させる方向で去就を協議》という文言は、私には罠だとしか読めません。そのことは、2002年に5人の被害者、蓮池さん、地村さん夫妻と曽我ひとみさんの帰国、そして彼らの家族が日本に帰るか帰らないかを決めるとき、拉致被害者・家族支援参与として渦中にいらっしゃった中山先生が最もよくご存じだと思います。

 中山 そうです、私もこの項目はまずいと思いました。外務省に「北朝鮮で被害者が去就を考えるということはあってはならない。なぜはっきりと《帰国させる》と書けなかったのか」と確認したところ、「そうは書いていませんが、《帰国させる方向で》という文言は日本側の主張で入ったのです」という答えでした。ですから確かに努力はしているのでしょうが、実際に北朝鮮で被害者が置かれている状況に無頓着にすぎるのではないかと危惧しました。政府は帰国した被害者らから聞き取りをしていますので、この合意内容は危険だと分かっている人は相当いるはずです。帰国した5人、そしてその家族たちから話を聞いていれば、こんな合意をすることは決してないはずです。

 2008年の交渉でも、北朝鮮から「拉致被害者が発見された」という情報――勿論つくりごとだとは分かっていますが――そういう言葉で通報があった場合には、日本政府の者が平壌に行って、人定確認をした上で、直ちに帰国させると主張していました。

 ところが、外務省だけの交渉になると、合意文書をつくること自体が目標になってしまい、足して二で割ったような内容の文書ができる。でも拉致被害者は、足して2で割る文書では救出できません。北朝鮮側としても「方向で」というような文言は十分呑める。本来は、「人定確認の上、帰国させる」という文章でなければならないのに、妥協したような文章になっている。救出のためにはあってはならないことです。

 西岡 ひとみさんの夫のジェンキンスさんは、2004年に2度目の訪朝をした小泉総理から日本行きを説得され、「行きたくない」と答えたんですよね。後でジェンキンスさんに聞くと、「あのとき日本に行くと言ったら、私は車で空港に向かう途中、そのままどこかに連れていかれただろうと思った」と話したと聞いています。それほどの恐怖心を持っている。

 中山 「どこかに連れていかれただろう」ではなく「殺されていただろう」と、はっきり言っていました。あのとき、インドネシアで曽我ひとみさんと生活を共にして日本行きについて考えてもらうこととしました。私たちは日本行きを決断するには半年、あるいは一年くらいかかるのではないかと思っていましたが、存外に早く一週間ほどで決断してくれました。ひとみさんが頑張りました。そしてインドネシア政府の協力も大きかったと思います。ジェンキンスさんたちが飛行機を降りるタラップのすぐそばまで、外務省や家族支援室のスタッフたち日本人だけがいるバスをつけてジェンキンスさんたちを乗せてくれたのです。

 ジェンキンスさんとお嬢さん2人がタラップを降りてきたときの映像を覚えてらっしゃるでしょうか。

政府チャーター機のタラップを降りる拉致被害者ら=2002年10月15日
 西岡 ひとみさんが抱きついた。

 中山 そうです。私は、「まあ、ひとみさんてこんなことをする人ではないのに」と一瞬思いましたが、そのあとすぐに納得しました。北朝鮮では人前で抱擁することは許されてない社会です。それなのに敢えて降りてきた瞬間に抱きしめてしまった。女性としての本能的行動だったんでしょう、「あなたはもう北朝鮮から出たのよ、ここは北朝鮮じゃないのよ」ということを体で伝えようとしたのだと思います。強いなあと思いましたね。体をぶつけて「もう北朝鮮から出たんだ!」という感覚をジェンキンスさんに植えつけた行為だったと思います。

 西岡 ジェンキンスさんたちをインドネシアに運ぶのに、政府はチャーター便を使いました。そのことでお金を使い過ぎだといった批判もありましたが、チャーター便の機内は日本国で、座席も日本が決めることができる。

 中山 指導員が2人付いてきていましたからね。

 西岡 ええ。蓮池さんたち5人が帰国したときもそうですけども、指導員を一番後ろの座席にして、機内で接触をさせないようにすることができた。つまり被害者を北朝鮮の監視からはずす空間をつくったわけです。

 中山 そう。5人が帰国した便では完全に遮断しました。話も一切していません。

 西岡 インドネシアまでジェンキンスさんに付いてきた指導員も、蓮池さんたちが帰国した際に付いてきた指導員も、実は北朝鮮で彼らを長く担当していた人たちでした。つまり人間的な関係ができている人たちだったのです。ジェンキンスさんや蓮池さんたちは、自分が北朝鮮に戻らないという決断をしたら、これまで世話になってきた彼らが処罰されるかもしれないと考える。そんな人としての情までも利用して操ろうとする世界なわけです。

 北朝鮮では、生活総和という義務が課せられています。1週間に1回、金日成・金正日の教えに照らして自分が間違ってなかったかどうか自己批判をし、その後相互批判する。労働党員は党の細胞でやりますし、職場でも行われる。主婦たちは隣組みたいな組織でしなくてはならない。それを監督するのが指導員です。ですから、彼らに何かまずいことを報告されたら、どうなるか分からない。金日成・金正日の教えに沿ったことしか話してはいけないという世界に住まわされてきた人たちに、自分の意思で話してもいいのだと分かってもらえる安心感をつくらないといけないわけです。しかし、この合意文書からは、その点への理解が感じられません。

 中山 2002年に帰国した5人は指導員から日本に行ったらこういう説明をしなさいと教え込まれていました。でも、言わなくて済みました。私たちが止めましたから。

 西岡 飛行機の中から5人と指導員を別々にして、さらに、指導員の宿泊しているホテルには、マスコミの人たちに「あの人たちはメディアスクラムにあっても構わないんだからどんどん取材に行ってくれ」と頼んで、カメラで24時間追っかけ回してもらったんです。

 中山 マスコミも協力してくださいました。

 西岡 帰国翌日の10月16日朝、蓮池薫さんが「指導員に連絡したい」って言ったんです。そうしたら中山先生が「いいのよ、私たちが連絡しとくから」とおっしゃって…。

 中山 5人には携帯電話も渡さなかった。

 西岡 そう。一方で指導員たちが朝鮮総連を介して、レンタルの携帯電話を持ったという情報もあった。そこで、5人の家族には、実家に戻った後も、「本人には携帯電話を持たさないでください。固定にかかってきた電話もまず家族が取って確認できた人とだけ話させてください」とお願いした。そして本人たちには「マスコミが大変ですから」と言って、指導員に接触をさせなかった。

 10月17日にそれぞれの故郷に帰ったのですが、私は地村保志さんに付いて一緒に自宅に泊まりました。地村さんはお兄さんと2階で酒を飲み、私は隣の部屋で、お父さんは1階で寝ていました。そうしたら、お兄さんが夜中の3時ごろ私のいた部屋にきて、「弟が、日本政府が守ってくれるなら日本に残りたいと言っています」と言ったのです。 

 地村さんたちは、指導員から離れて、自宅に帰って、安心感が生まれて、ようやく本心を口にすることができた。しかも、マスコミの応対をするお父さんは警戒して、お兄さんにだけ本心をしゃべった。彼らは実によく状況を見ていたんです。

 ところが、この合意文書に従えば、日本人生存者が・発見・された場合、北朝鮮で去就を協議する、本人の意思を聞きましょうということになる。そこで日本政府代表団が「帰りますか」と尋ねても、「帰らない」としか言えないでしょう。

 中山 「帰らないと言いなさい」と指導されていますから。小泉総理がジェンキンスさんを説得したとき、ジェンキンスさんは「なぜひとみを連れてこなかったのか」と、また2人のお嬢さんは「なぜ今日母親を連れてきてくれなかったのか」と繰り返し言い続けていたそうです。長年監視され、指導されている被害者は、指導と違うことはひと言も言えないんです。

 西岡 そうですね。

 中山 被害者達は、もし日本に帰るなどと言ったら何時間後かには殺されると考えているわけです。そういう実態を知っていれば、外務省への私の質問に「《帰国させる方向で》という単語を入れさせました」などという答えが返ってくることはありえません。たとえば政府の拉致対策本部のメンバーで北朝鮮の情勢をよく知っている情報関係者と打ち合わせをしながら北と協議していれば、こんな合意文書は出てくるはずはないと思います。

交渉維持が目的化していないか


 西岡 7月1日に北朝鮮側から特別調査委員会の設置が通報されたことを受けて、日本は、人的往来規制、送金などへの規制、北朝鮮船舶入港規制(人道物資運搬に限り規制解除)の3つの制裁を解除しました。

 それ以降、多くのマスコミ報道が「特別調査委員会は、国家最高機関である国防委員会から権限を付与され、秘密警察である国家安全保衛部も調査に加わっている」のであるから、期待できるという論調になっています。

 特に、今回の日朝協議には国家安全保衛部幹部が継続して参加していて、その人物は金正恩に直結している、2002年9月に金正日が拉致を認めて5人を返したときも同じように国家安全保衛部幹部が参加していた、などと盛んに報じられ、あたかも、よい結果が出る可能性が高いかのような雰囲気が作られています。私は、これは悪質な日本世論を歪める謀略工作がなされていると考えています。

 まず、今回の協議は保衛部ではなく、先述した朝鮮労働党の工作機関である統一戦線部が管轄しています。彼らは張成沢の被害者全員帰国という方針に反対してきました。つまり彼らは政府の認定拉致被害者17人のうち帰国した5人をのぞく12人について、「8人死亡、4人未入境」とした2002年の虚偽説明を維持しようとしてきた勢力です。

 さらに特別調査委は北朝鮮の最高指導機関である国防委員会から権限を付与されているといいますが、社会主義国家という体制からすれば、まったく意味をなしません。いろいろなところで繰り返し言ってきましたが、国防委員会は国家機関に過ぎず、北朝鮮では労働党のほうが上位機関なのです。そして拉致をしたのも党の工作機関である作戦部、調査部、連絡部、統一戦線部なのです。

 中山 特別調査委には、その肝心の党が入っていません。

 西岡 そしてもう一つ。特別調査委に設置する4つの分科会(拉致被害者▽行方不明者▽日本人遺骨問題▽残留日本人・配偶者)のうち、拉致に関する分科会にだけ保健省が入っているのです。病院を管轄する政府機関がなぜ入らねばならないのか。
 2002年に被害者5人が帰国したとき、8人は死亡したと彼らは言いました。そのとき、根拠として「死亡確認書(日本でいう死亡診断書)」なる書類を出してきたのですが、それはニセモノだったということが分かっています。8人の内7人は死亡したという場所がバラバラなのに、確認書はすべて平壌市内の同じ病院で発行されている。 

 中山 押してある印鑑の欠けている部分まで同じでしたから。

 西岡 死亡確認書偽造の証拠を日本はオープンにしていますから、今度は保健省の倉庫に本物がありましたというために保健省を入れてきたのかもしれない。さらには、生きている人を殺して遺骨をつくるという危険性も考えられる。私は繰り返し外務省に「被害者を殺すということをさせないためにも、日本は生存情報を持っている、そして日本のDNA鑑定技術は世界一で、死亡時期も分かるのだということを北に伝えているのか」と確認しています。

 それに対して、「被害者の安全は絶対優先だと言っています」という答えは返ってきます。しかし中山先生がおっしゃるように、外務省が今回の協議は相手の言い分にすり合わせるように進めているような気がしてなりません。

 合意文書をみると、実際に国交正常化まで行かなくても、北朝鮮が日本からお金を取れるような仕組みがいろいろ盛り込まれています。その一つが、人道支援の実施検討です。

 中山 人道支援実施の前提となる条件も時期も書いていませんね。「適切な時期に」という、非常に外交的な言葉があるだけです。

 西岡 日本はなぜ、北朝鮮への人道支援を止めたのか。2004年に横田めぐみさんのニセの遺骨を日本に出してくるという、極めて非人道的なことをやったからです。ですから、今回は「2004年の説明を北朝鮮が撤回したのちには」という条件は書いてもいいはずです。

 拉致被害者救出は犯人と警察との交渉であって、何人か出てくればいいというものではない。被害者全員の安全確保と全員救出は譲れないのです。「100対0」であって、「60対40」はあり得ない。

 外務省が一概に悪いと言うつもりはありませんが、彼らは、交渉が始まった後で強硬なことを言うとパイプが切れてしまうとしきりに言うのです。せっかく北朝鮮が再調査すると言ってきた、ここまで来たんだから、このパイプを切らないほうがいい、と。伊原純一アジア大洋州局長が今回の北の特別調査委員会の設置と日本の制裁解除について救う会や拉致議連などに説明したときに、「再調査で被害者は全員死んでいたなどという変な結果が出てきたら、当然、今回の制裁解除は停止して再制裁しますよね」と質問しても、「それを今の時期に言わないほうがいいと思います」としか答えなかった。2002年の5人帰国のときの田中均アジア大洋州局長もそうでしたよね。

 中山 とにかく北との関係が悪くなることだけは避けて、ことを進めるという姿勢でした。「そんなことを言ったら北朝鮮は怒りますよ。全て引っ込めますよ」という姿勢です。なぜ当然のことが言えないのか不思議でした。平壌空港に5人を迎えに行ったときの話ですが、北朝鮮側は5人を送り出してあげるというお祝いの席のような雰囲気で、日本側も5人を日本に・派遣・してくれて感謝しているというムードだったのです。北側の代表は「今回は日本との関係で5人を送り出すことができる」と外交的な喜びのあいさつをしました。日本側であいさつした私には、「今日は5人を日本に送っていただきありがとうございます」という話が求められていたのでしょう。しかし、私は「日本では、この5人以外の人たちが死亡した、あるいは北朝鮮に来てないという話を信じている人は1人もいません。拉致はこれからもいろいろご相談しないといけない問題であり、今回で終わりにすることは決してありません」と言ったのです。

 まず日本側の席が、しれーっとなりました。通訳の間を置いて、次は北側がピーンとこわばった感じになりました。なんとも居心地の悪い場になったのですが、だからといって5人の帰国が中止になったわけではありません。

 日本が主張しなければいけないことを主張すれば、逆に北朝鮮側もそれにどう対応するかを真剣に考えるのです。それなのに日本の外務省は、北朝鮮が何を考えているのか、あるいは北が受け容れるのはどんな条件かということをまず探るという心構えでいる。日本として主張しなければならないこと、被害者全員を帰国させよという要求を伝えていないのではないかとすら思えてきます。

 西岡 北朝鮮側も、なんらかの目的を持って日本に接近してきているのです。前回は金正日、今回は金正恩から、日本から何かを取れと指示されて接近してきているのですから、交渉当事者も弱い立場なのです。席を立つ権限は与えられていない。指示された成果を上げられなかったら粛清されるかもしれない。その点は経験上も裏付けられています。

 2002年の5人のケースでいえば、本人たちから「日本政府が守ってくれるなら残りたい」という秘密の意思表示がある一方で、田中局長は5人を北朝鮮に戻さないと交渉のパイプが切れると反対して大論争になった。

 金正日が拉致を認めて謝罪したのに、日本からお金を取れなかったら交渉当事者の大失態です。彼らもお金を取るためにはどこまでも日本と交渉をせざるを得ない立場であって、交渉が始まっているということは向こうにも弱みがあるということなのです。

 そこを考えずに、パイプの維持という罠にはまってしまうという危険が今後もあると思うのです。

北のウソと対決する覚悟を


 西岡 私は民間ですけれども、死亡したと言っている8人の被害者について、少なくとも主要な人たちについては生存しているというほぼ確実な情報を持っています。日本政府も持っているはずです。第一次安倍政権のときも、めぐみさんが死んだとされた1994年より後の生存情報を持っていて、それを前提に交渉されていましたよね。

 中山 そうです。

 西岡 最悪の場合は生きている被害者を殺してしまうかもしれない、あるいはそこまでいかなくても一部しか生存情報を出さずに他の人は死んだという虚偽情報を伝えてきたときに、全員が生存しているということを前提に交渉ができるのか。北朝鮮からの1回目の通報では、秘密を多く知っていて北朝鮮からすると最も生存を公表したくない横田めぐみさんや田口八重子さんが生きていると言うとは思えません。また何か嘘をついてくると思いますが、そのときに「北朝鮮がせっかく再調査してくれたのだから、パイプが切れないようにとりあえず受け入れよう」と対応するのか、「われわれは生存情報を持っているんだ。このような嘘は受け入れられない」と反論するのか。そこが救出の成否の分かれ目になるのではないでしょうか。

 中山 5月の合意の前には、北朝鮮側も相当真剣に対応しようとしているらしいという話が伝わってきていました。ところが、合意後、北は、思っていたより低いレベルの結果でも日本は認めるかもしれないと緩んだ見方をしているという情報もあります。日本の世論は、被害者全員を返さなかったら日朝関係を進めることを決して許さないということを真剣に北朝鮮に伝えれば、北朝鮮はそれに応じて動くはずです。

 西岡先生がとても心配されているように、日本側が中途半端に妥協すれば、拉致被害者たちを亡き者にしてしまう可能性もあり、非常に危険な状況に今なっている。しかし、日本の世論が中途半端な妥協に納得するとは思いません。

 再調査の推移によっては、日本と北朝鮮の関係は一気に動き出す可能性もあります。厳しいことばかり言っていますが、被害者全員が帰ってきて日朝関係がよくなることを願うがゆえなのです。

 西岡 いろいろ問題はありますが、北朝鮮は日本政府が認定している拉致被害者8人それぞれについて入境からの経緯を調査し、確認すると約束した。この約束を取ったことは成果だと思います。そして調査の結果を伝えてくるわけです。

 これまでの長い膠着状態から勝負のときへと状況は変わったのです。8人について、北はわれわれが把握している情報もすべて分析したうえで何か出してくる。それが新たな内容を盛り込んだうえでの「死亡」という主張なのか、2002年の金正日の説明を覆す結論になるのか予断は許しません。調査といっても被害者は彼らが管理してきたわけですから、問題は北の決断にかかっている。今、日本に必要なのは、外務省も拉致対策本部も与党も野党も、そして国民も「全被害者を返すという以外の選択をすれば、あなたたちの立場は悪くなり、国交交渉も進みませんよ」というメッセージを、どこを切っても同じ金太郎飴のように発信することだと思っています。

 中山 実は2006年のミサイル発射に対する国連制裁実施時に日本が独自にかけた対北制裁は、北朝鮮側、つまり金正日総書記に拉致被害者帰国の決断を促すため、という位置づけでした。当時の議論はそうです。ところがいま外務省は、日朝交渉や協議を途切らせないためだけに「制裁解除」のカードを使っていいと解釈をしているように見えます。本来の位置づけとは違います。
 交渉を続けるためだけであれば、別の手段や手法を考えるべきなのです。もちろん、金正恩第一書記の何らかの決断の証拠が示されたことで制裁を解除したのであれば納得できます。一部で報道されている生存者リストの提示などです。

 西岡 私は、それはまだないのではないかと思っています。拉致認定被害者の8人について何か情報を出すと北が約束したことに対して、小さな制裁解除をしたという状況だと思っています。だからこそ、「8人について出してくる結果がひどければ、再制裁しますよ」と釘を刺さなければならない。

 中山 でも外務省は北朝鮮に対し再制裁しますとは言わない。

 西岡 安倍総理は言っているんです。7月6日付紙面で掲載された読売新聞との単独インタビューで、北朝鮮の対応に問題があれば再び制裁を科す可能性があると言及しています。「制裁は、かける時と解除する時、カードとして2回使える。『制裁解除』というカードは、いつでも、制裁をかけている状態に戻せる」とはっきり語っている。一方で、たとえばコメなどの人道支援については、「こちらが何か出してしまったら、北朝鮮が約束を履行しなかったとしてもカードは戻ってこない」とも言っている。外務省は「せっかく北朝鮮に再調査委員会がつくられたのだから」と言いますけど、まだ誰も帰ってきてない。「せっかく」などと言えるレベルではないんです。

 中山 外務省が心配しているのは交渉が途切れることであって、被害者を救出できるかどうかではないようです。

 西岡 北朝鮮側にモノを言うのではなく、日本側、被害者側に向かって、パイプを守るために制裁解除が必要だと言うようになってしまう。

 中山 北朝鮮から、金第一書記が決断したという証拠を提示されているのではないとすると、日本として非常に弱い立場の交渉になっているということです。ですから、私は何らかの証しを得た上で制裁を解除したのだろうと考えています。

 西岡 8月中旬の時点で、水面下の交渉が少し膠着状態になっていると聞いています。平壌に調査の状況を調べに行く、あるいは平壌に日本人スタッフの駐在事務所を置くという計画が延期されている。もしかしたら水面下の交渉で日本側が相当頑張っているのではないかという感触も持っています。

 というのも実は、安倍首相から外務省に、次の3点を交渉方針とするよう指示されているからです。第一は拉致を最優先させること、第二は被害者の安全確保。そして第三点が一括解決です。といっても遺骨や日本人妻の問題を含めての「一括」ではなく、拉致問題の一括解決です。北朝鮮から認定被害者の1人か2人かが入っている生存者情報が伝えられたという報道もありましたが、そのようなレベルではダメだということです。北朝鮮からの調査報告が遅れることを恐れて、首相が指示した「拉致最優先」「安全確保」「一括解決」の原則を譲ってはならないのです。北朝鮮から何か情報が出てくる。そのとき北とのパイプの維持ではなく、全被害者を取り戻すという観点からその情報を評価し、拒否するときは拒否するという覚悟を決めていただきたいと思っています。

 中山 西岡先生も同じだと思いますが、2002年の拉致被害者5人帰国のとき、官房副長官だった安倍総理と一緒に行動してから、総理のことは非常に強く信頼申し上げてきました。安倍総理は必ず全員救出という考えで進んでくださるはずです。そして安倍政権のいまが、被害者帰国を実現できる可能性が一番強いとも思っています。そんな思いから辛口なもの言いをしましたが、今回の再調査にも相当程度のチャンスはあると見えますので、周囲がミスリードして中途半端にことを進めるということがないよう、きちんと被害者を救出していただきたいと思います。


中山恭子氏 昭和15(1940)年、東京生まれ。東京大学卒。大蔵省入省。同省初の女性課長や初の女性地方支分部局長を務め、平成5年に退官。ウズベキスタン兼タジキスタン特命全権大使、首相補佐官など歴任。19年、参院選に自民党比例区から出馬し当選。拉致問題担当相など歴任。その後、たちあがれ日本、日本維新の会を経て次世代の党に所属。著書に『国想い 夢紡ぎ』など。

西岡力氏 昭和31(1956)年、東京都生まれ。国際基督教大学卒。筑波大学大学院地域研究科東アジアコース修士課程修了。在ソウル日本大使館専門研究員などを歴任。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)会長。著書に『韓国分裂』(扶桑社)、『金賢姫からの手紙』『よくわかる慰安婦問題』(ともに草思社)など多数。