上田健介(近畿大大学院法務研究科教授)

 日本国憲法がなぜ70年間改正されなかったのか。一言でいえば、これまで改正する必要がなかったから、ということになるだろう。日本国憲法は、政治権力を実効的に組織し発動させるとともにその乱用を防止する統治制度の仕組みと、個人の尊重を基礎とする「基本的人権の保障」という伝統的な原理に加え、これらの原理やルールの実現を確保する「違憲審査制度」「平和主義」という、第2次世界大戦後に諸国でも広まった、比較的新しい立憲主義の原理をもいち早く備えていた憲法典である。

 これらの原理は普遍的なものであり、日本国憲法は、今日でも世界に通用する内容を持っている。そして現に、この日本国憲法のもとで、日本社会は戦後復興から高度成長を経て、個々にはさまざまな問題があるにしても、総じて平和と繁栄を享受してきたのである。この事実は無視できない。その意味で、日本国憲法はうまく機能し、だからこそ国民もこれを暗黙のうちに支持してきたのではないか。
昭和天皇の署名がある日本国憲法の公布原本=4月7日、東京都千代田区の国立公文書館
昭和天皇の署名がある日本国憲法の公布原本=4月7日、東京都千代田区の国立公文書館
 ただ、一切改正をせずに済んでいる理由として、日本国憲法が憲法典としては簡素であるという特徴をもっている点は重要である(この点は多くの専門家が述べるところであり、このサイトでも、九州大の井上武史准教授が、主要国の憲法典の単語数を掲げて論じているのでご覧いただきたい)。憲法典として簡素であるということは、上記の諸原理やルールを、国会が定める法律や、裁判所の判例で補足し、具体化し、そして、憲法典が定める骨格を損なわない限りで発展させていく余地が大きいことを意味する。

 例えば、選挙制度は民主的な統治の仕組みの根幹をなすものであるが、日本国憲法は、15条や44条で普通選挙や秘密投票、選挙人資格の平等などの原則を明記するだけで、47条で「選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める」として、その構築をおしなべて法律に委ねている。90年代初頭の政治改革により、衆議院の選挙制度が中選挙区制から小選挙区比例代表並立制に改められたことで、それ以降の日本の政治のあり方が変わったことが指摘されるが、このような変革も憲法改正なしに行うことが可能であったのである。