久保田るり子(産経新聞編集委員)

 北朝鮮にとっては「核爆弾」級のインパクトだという。国連総会で12月中の採択が確実の「北朝鮮人権決議」のことだ。

 北朝鮮外交官が国連本部ビルをナーバスに走り回っている。国連北朝鮮代表部の幹部が自国の人権をめぐる抗弁で口角泡を飛ばしたり、自画自賛する〝決議案〟を配りまくったりとロビー活動に血眼という。「金正恩が国際刑事裁判所に訴えられるかもしれないということで、それを『すべての外交力量を使って防げ』という命令が出ていると聞いている」(北朝鮮情勢に詳しい専門家)。

 10年ほど前から毎年、出ている国連での北朝鮮人権決議だが、これまで北朝鮮は見向きもしなかった。今回が異なるのは決議案に「人道に対する罪を犯した最高責任者を特定する」と「人権侵害を国際刑事裁判所(ICC)に付託するよう国連安保理に議論を促す」との2点が明記されたこと。だがICC付託には安保理決議が必要だし、すでに中露が反対を表明しているため、金正恩氏がICCで裁かれる実現性はほぼゼロ。それでも北朝鮮はなりふり構わず必死になっている。一体、なぜ?

 「みなさんは北朝鮮のことをあまりに知らない。首領主義がすべての中心にある北朝鮮で、最高権力者が世界から刑事被告に名指しされたら、それこそ核爆弾だ。本物の核実験非難や制裁など、今回に比べたら何の痛痒もない」

 「労働新聞を見てください。毎日のように赤道ギニア共和国から花輪が届いたとか、どこどこ共和国の元首から祝電が届いたと、わが国の指導者は世界中から尊敬されていると北では教えている。『国連で刑事告発された』などと風船ビラで撒かれたり、ラジオで言われたりしたらとんでもないダメージだ」と北朝鮮出身者たちは言う。

 金正恩政権は基盤が危うい

 韓国の2014年の外国白書は「無分別な恐怖政治で権力内部の脆弱化が進み、権力層の動揺、民心離反が広がっている」と評価した。国連総会の決議は国際社会の「総意」だ。金正恩氏が父や祖父はじめ金氏一族の名誉を地に堕とす、これにまさる恥はなかろう。

 この「北朝鮮人権決議」は欧州連合(EU)とともに日本が共同提案した。2014年2月、ジュネーブで国連の調査委員会が「北朝鮮人権報告書」を公表、政治犯収容所や外国人拉致、公開処刑など1950年代からの残虐行為を「人道に対する罪」と断定、最高指導者の責任追及にも言及した。これを元にまとめられた決議案には日本人拉致事件も明記された。3月にはジュネーブの国連人権理事会で採択。そして舞台をニューヨークに移し、国連総会での採択を迎えようとしている。

 実は、日本政府代表団が訪朝し、北朝鮮の特別調査委員会、徐大河・国家安全保衛部副部長と面談していた10月28日、ニューヨークの国連本部は決議案をめぐる攻防戦がピークを迎えていた。この日、北朝鮮人権問題に関する国連特別報告者のマルズキ・ダルスマン氏が、「北朝鮮の人権問題はICCに付託すべきだ」と安保理に向けて熱弁をふるい、北朝鮮が危機感を募らせていた。

 平壌では徐大河委員長が登場し、何やら芝居がかった協議が行われたが、予想通り何の成果もなかった。日朝協議は、「拉致問題もやっていますよ」というNYの決議案をめぐる北朝鮮の宣伝攻勢の一環だった可能性があるのだ。だとすると日本は、一方で金正恩氏の急所を突いた画期的な決議案を共同提案しておきながら、一方で宣伝に使われたことになる。

 拉致問題再調査の日朝協議は、北朝鮮の対応全体を俯瞰して戦略を立て直すべきである。結果を出さない彼らには「再制裁」を突きつける必要がある。追い詰めなければ、彼らは決して動かない。彼らは焦っている。今回の国連での動きを受けて有名な「燿徳(ヨドク)収容所」を農村に偽装しているとの話もある。国際社会の追い風の中、日本外交はこの好機を逃すというのか。