澤田克己 (毎日新聞ソウル支局長)

 韓国のソウル中央地検が10月8日、朴槿恵大統領の名誉を毀損したとして産経新聞の加藤達也前ソウル支局長を情報通信網法違反で在宅起訴した。メディアによる権力者に対する名誉毀損を刑事処分の対象にするのは、民主主義国家では極めて珍しい。

 私は、問題となった記事について「引用元となった朝鮮日報のコラムと実質的に同じ内容」という産経新聞の主張には与しないし、産経新聞の記事が良質なものとも思わない。さらに言うならば、日本の名誉毀損訴訟でも、「噂を噂として書いただけ」「真偽不明の噂だと断った」という主張だけでは免責されない。だが、それでも刑事処分の対象とすることは明らかに行き過ぎだ。言論の自由を脅かす今回の在宅起訴は、異論や批判を許さない朴大統領の姿勢と政権の意向に忠実な韓国検察の体質を改めて見せたものといえるだろう。

「外信だって韓国の法律に従わなければならない」


 その点を明確にした上で、今回は、今まであまり指摘されてこなかった点について考えてみたい。

 在宅起訴を受けた韓国側の反応で興味深かったものの一つに、「外信だって韓国の法律に従わなければならない」というものがある(韓国では通常、外国メディアのことを「外信」と呼んでいる)。

 与党セヌリ党の院内報道官は10日の記者会見で「虚偽報道行為が大韓民国で行われたのだから『治外法権』の対象になることはできない。我が国で法を犯したのなら、国内法が適用されることは、あまりにも当然だ」と述べた。大手紙・中央日報も11日、「産経前支局長の起訴に対する我々の見方」と題した社説で「(検察は)外信の報道も治外法権の領域にはないことを明確にした」と書いた。これ以外にも、「外信記者だからといって許されるものではない」という論評はよく聞かれた。

 本来は、外信であろうが、国内メディアであろうが、こうしたケースで在宅起訴にまで持ち込むこと自体が問題だ。だが、あえてそれを無視して考えるならば、一般論として「外信記者だって任国の法律を守るべき=外信記者に特権があるわけではない」というのは当然だろう。当たり前のことだから、恐らく日本や米国では、こうした発言自体が出てこない可能性が高い。

軍事政権でさえ手を出せなかった外信

 こうした発言が出てくる背景には、韓国の現代史において外信が占めてきた特別な地位があるように思われる。韓国では1987年の民主化まで、外信あるいは外信記者というのは、軍事政権でさえ手を出せない「アンタッチャブル」な存在だったのだ。

 国内メディアを力で押さえつけた軍事政権も、日米を中心とする外信を統制することは難しかった。国力が弱い韓国としては、経済と安保の両面で生命線といえる日米両国との関係を悪化させるコストは大きかったからだ。毎日新聞を含む日本メディアの特派員を国外追放処分にしたこともあるが、いくら軍事政権でも簡単にそんな処分をできるわけではなかった。1980年代までは、韓国人記者が「我々は書けないから」と政治的に敏感な特ダネを日本人記者に提供することも珍しくなかったという。

 外信がアンタッチャブルだったことを如実に物語るシーンが、昨年末に公開された映画「弁護人」にあった。1981年に起きた公安事件の弁護人となった若き日の盧武鉉元大統領を描いて、観客動員1137万人という大ヒットを記録した映画だ。

 拷問で虚偽の自白を強要された被告を弁護する主人公は、内部告発者を見つけ出して証人に立てようとする。公判前日の打ち合わせで先輩弁護士が「判事は証人申請を棄却するだろう」と心配すると、主人公は「明日の法廷には、外信記者と気骨のある(韓国人)記者を呼んでほしい。外信記者は絶対に必要だ」と手配を頼む。そして、主人公は当日朝、判事に証人採択を迫りながら、脅し文句として「毎日(新聞)とAP通信、それにドイツのZDF(テレビ)が来てる」と言い、判事は証言を認めざるをえなくなるのだ。

メディアを巻き込む激しい党派対立


 1987年の民主化で、韓国の言論環境は劇的によくなった。

 もちろん、問題がまったくなくなったわけではない。金大中政権までは、税務査察で新聞社オーナーを拘束するなどして国内メディアに圧力を加えていたし、盧武鉉政権以降は、現政権にいたるまで国内メディアを相手どった民事、刑事の訴訟を乱発している。メディアの側にも、政府や財閥に対する不透明な対応や、事実関係よりも党派色を重視した論調を展開しがちなどという問題はある。それでも、かなり自由な政府批判も行われるようになってきた。だからこそ、「外信記者だからといって特別扱いするような時代ではなくなった」という意識が出てくるのだろう。

 だが一方で、民主化から30年も経っていないからか、韓国では未だに「外信報道」を国内メディアより信用できると考える意識が残っている。特に、前述したように韓国メディアは党派性が非常に強いので、保守系が独占する大手紙に対する野党支持者の不信感は根強いものがある。

 だから、今回の産経新聞の記事については、「外信までがこう書いた」という感じで韓国内に紹介するネットメディアがあったという。「保守系大手紙はごまかそうとしているが、外信が暴露した」というニュアンスだ。韓国メディア、特に保守系大手紙に対する強い不信感を背景に、外信ならなんでも信じてしまう心理だとも言える。

 韓国メディアの青瓦台(大統領府)担当記者は「産経新聞の記事自体ではなく、政府に好意的でない(ネットを含む)韓国メディアが『産経がこう書いた』と書き立てたことの方が負担だったと、青瓦台当局者は話している」と明かす。彼はさらに、「韓国のメディアは、外信報道を自分たちに都合よく使って(対立する党派の)批判をするから」と自嘲気味に話した。今回の在宅起訴に対する反応でも、正面から批判している韓国メディアは、保守派と激しく対立する進歩派系ばかりである。

 そうであるならば、産経新聞関係者すら私に「与太話みたいな記事なんだから、無視してくれれば終わりだったのに」と話した産経の記事は、メディアを巻き込む激しい党派対立という韓国政治の構造の中で事件化されるにいたったといえるのだろう。