江戸時代・火付盗賊改方の長である「長谷川平蔵」とは実在する旗本の歴代の名称。「鬼平」こと長谷川平蔵は二代目の宣以(のぶため)を指す。幼名は銕三郎(てつさぶろう)。青年時代は放蕩無頼の風来坊で、「本所の銕」と呼ばれて恐れられた。池波正太郎『鬼平犯科帳』の主人公について歴史家・安藤優一郎氏が明らかにする「まさかの素顔」とは。

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〈「こやつどもを生かしておいてはためにならぬ。刃向かう者は斬れ!!」

 と、平蔵は抜き打ちに浪人くずれ二人を、水もたまらず斬って捨てたものである〉(『鬼平犯科帳』より)

 罪人たちを厳しく取り締まることで「鬼平」と称される長谷川平蔵。実在した江戸時代中期の旗本で、鬼平は放火犯や盗賊を取り締まる火付盗賊改方の頭(長官)だった。厳しさの反面、囚人と酒を酌み交わすなど人情にあふれ、「御頭」と多くの部下や市井の人々に愛された人物である──。
フジテレビ系ドラマ「鬼平犯科帳」の一場面。平成17年放送の「山吹屋お勝」から。十手を構える長谷川平蔵(中村吉右衛門、中央)
フジテレビ系ドラマ「鬼平犯科帳」の一場面。平成17年放送の「山吹屋お勝」から。十手を構える長谷川平蔵(中村吉右衛門、中央)
 豪腕で悪人を討ち、江戸の治安を守る現場主義の頼もしい親分が我々が思い描く鬼平像だろう。

 だがこれは池波正太郎の『鬼平犯科帳』で描かれた鬼平であり、作品には描かれていない意外な素顔が多く存在する。

 無骨で物々しい捕り物現場が似合いそうだが、一方で平蔵は幕府の行政マンとしても立派な業績を残している。寛政の改革の目玉事業として教科書にも登場する石川島の人足寄場の生みの親は平蔵だ。

 人足寄場は、主に無宿と呼ばれる仕事にあぶれた無戸籍の人たちを対象にした職業訓練所のようなところだ。当時、生活に窮した無宿者たちの犯罪が問題になっていたため、平蔵が時の老中松平定信に具申し設立され、自ら運営にもあたっていた。

 しかし資金不足の人足寄場の運営に持ち出しを余儀なくされるなど平蔵の家計は借金まみれだった。そこで平蔵はもうひとつの顔を覗かせる。それは財テク投資家としての鬼平だ。

 平蔵は銭相場に手を出した。幕府から金3000両(現在の貨幣価値で約3億円)を借り受け、銭貨を買い上げた。これにより、銭相場が高騰するとすぐさま売り払い、得た利ザヤを寄場の運営資金に充てることに成功した。

 当時の銭相場は低迷しており、銭相場を引き上げたい幕府の思惑もあった。今で言えばインサイダー取引の疑いが強く、平蔵は仕手筋だったとも言える。

 また自分の広大な旗本屋敷の土地を商人などに賃貸し人足寄場の運営資金に充当した姿は、さながらマンション経営者だ。ファンドマネージャーとしての平蔵は非常に有能だったのだ。

 こうしたノウハウは、火付盗賊改方として裏社会に精通していたことなどで培われたのだろう。

 しかし平蔵の財テクや能力は、実績に対して周囲からは白眼視されていた。平蔵は出世に縁のないまま、いち中間管理職のまま生涯を終える。

 小説の世界では「御頭」と呼ばれていた鬼平だが、その素顔は役人として突出した能力を持ちつつも組織に認められぬ悲哀の人物でもあった。

【PROFILE】安藤優一郎/1965年、千葉県生まれ。文学博士。日本近世政治史・経済史専攻。近年は武士の生活文化の諸相について研究を進める。著書に『鬼平の給与明細』(ベスト新書)、『大奥の女たちの明治維新』(朝日新書)など。

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