大石学(東京学芸大学教授)

 来年2018年は「明治維新150年」にあたり、さまざまなイベントが企画されている。政府による「明治の日」制定も議論になっている。「維新元勲」西郷隆盛を主役とするNHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」も発表された。

 私も、原作・脚本の時代考証にかかわっている。この機会に、あらためて「明治維新」の今日的意義を考えてみたい。

 近年、「江戸イメージ」が変わりつつある。かつて江戸時代は、近代化・民主化を阻む「悪しき封建制」の時代として、抑圧・搾取・差別など負の側面が強調されてきた。しかし、昨今は、100年間の「戦国時代」を克服し、250年以上に及ぶ世界史でもまれな「平和=徳川の平和(パクス・トクガワーナ)」の時代として、あるいは現代日本につらなる国家・社会のさまざまな制度やシステムが形成・発展した「文明化」「初期近代(アーリーモダン)」の時代として語られている。
画像はイメージです
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 江戸時代の武士イメージも、戦国時代までの主体性・自立性の強い戦闘者から、勝手な武力行使を禁じられたサラリーマン武士=「官僚」へと変わり、庶民イメージもお上(かみ)頼みの悲惨(ミゼラブル)な被治者から、地域や集団の自治的運営の担い手へと変化しつつある。この結果、「時代劇」もまた、ヒーローや英雄が主役の「勧善懲悪」主義のチャンバラから、善悪・正否の判断や生き方に悩む一般の武士や庶民の生活・感情を、史実、史料、時代考証をもとに、リアルに描く新たな時代劇へとシフトしたのである。

 これら「江戸イメージ」の変化は、「平和」「文明化」のもとでの国民的読み書き能力(リテラシー)の向上や、地域・身分を越えた生活・文化の共通化・普及が基礎にあることが指摘されている。これは、同時に今日和風、和式、日本型などとよばれる日本的な文化や習慣が国民規模で成立・浸透する過程でもあった。江戸社会は、明治の「文明開化」以前の、近現代とは大きく異なる、私たちが理解不可能な「前近代」社会から、近現代と連続・地続きの、私たちが理解可能な「初期近代」へと、その枠組みを変えたのである。

 この変化は、そのまま「明治維新」評価の転換につながる。それは、従来の薩摩・長州など倒幕派による「江戸の否定(リストラ)」=「維新(これあらたなり、すべて新しくすること)史観」とは異なる、「江戸の達成」という新たな評価である。すなわち、明治維新は、幕府や藩の中下級官僚が政治の主導権を握り、国内の地域や身分など幕藩体制の「壁」を低くし、列島社会の均質化・同質化を進める一方、「開国」により鎖国体制の「壁」を取り払うという国家改造事業と位置づけられるのである。