岸博幸 (慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授)

相変わらず不明な選挙の大義名分

 18日夜、安倍首相が衆議院解散表明を行った記者会見。みなさんは12月の総選挙の“大義名分”がお分かりになられたでしょうか。私は、以下の2つの点から相変らずその“大義名分”を理解することができませんでした。

 第一に、7~9月の成長率がマイナスであった以上、法律の景気条項に基づいて政治の裁量で消費再増税を淡々と延期すれば良いのであり、それを選挙で国民に問う必要はないからです。

 第二に、アベノミクスの是非を国民に問うというのも未だによく分かりません。アベノミクスは金融緩和・財政出動という短期の経済運営と成長戦略という長期の経済運営という、教科書的に当たり前の経済運営を行なっているに過ぎず、+αの足りない部分を議論するならともかく、その是非自体は問う必要もないからです。

安倍首相は経済運営の退路を断った


衆院本会議を前に、沈思黙考の様子の安倍晋三首相=11月6日(酒巻俊介撮影)
 しかし、安倍首相の会見から、少なくとも選挙戦を通じて与野党にしっかりと議論してもらいたい論点だけは明確になりました。それは、正しい経済運営を行なえる体制を構築できるかということです。

 その理由は、安倍首相が“2017年4月には必ず消費税を10%にし、景気条項も付さない”と断言したからです。この発言はある意味で非常に思い切った発言であり、安倍首相自ら経済運営について退路を断ったとも言えます。

 というのは、今の金融緩和のペースが続けば、2017年4月より前には物価上昇率が2%を超えている可能性が高いと考えられるからです。

 物価上昇率が2%を超えたら、日銀は今の大規模な金融緩和を止め、逆に金融引き締めに移行するでしょう。それなしには、とめどもないインフレというデフレとは正反対のリスクが顕在化しかねないからです。即ち、2017年4月に日本経済は、既に金融引き締めに転じている中で増税を行なうという、景気の足を引っ張るダブルパンチに直面することになる可能性があるのです。

 それだけではありません。2017年4月に増税が延期になったというと、財政再建を始めるタイミングも先送りになったように思われかねませんが、現実は逆です。日銀が金融引き締めに転じたら、日銀が吸収する国債の量も減少することになるので、そうなっても国債が市場で円滑に消化されるようにするには、日本の財政規律に対する外国人投資家の信頼が維持されるよう、2017年4月の増税より前の段階から本格的な財政再建に取り組むことが必要となります。

 即ち、2017年4月に増税が延期になったということは、経済運営や財政再建で一息つける時間ができたのではなく、むしろそれまでの2年半の間に日本経済を正しく再生させて成長率を高め、そして本格的な財政再建を始めるという2つの約束をしたに等しいのです。

選挙戦で議論すべきは改革を進める体制かどうか


 それでは、あと2年半で日本経済を再生するには何が必要でしょうか。安倍政権のこれまでの2年間で大した成果を出せていない成長戦略を充実させ、思い切った岩盤規制の改革や法人税減税などの構造改革を進める必要があります。今の金融緩和や財政出動は2年半後まで効果が続くと思えない一方で、成長戦略の効果が出て生産性が上昇するにはある程度の時間がかかることを考えると、できるだけ早く、それこそ来年の前半には成果を出さなければなりません。
 次に、本格的な財政再建のためには何が必要でしょうか。そもそも消費税率を10%にしても財政再建の観点からは焼け石に水であり、増税の前に本来必要な歳出削減、特にもっとも歳出と赤字の大きい社会保障制度の抜本改革が不可欠です。この点については、安倍政権のこれまでの2年間は成長戦略以上に何もやれていません。小役人的なこまごまとした社会保障支出の削減のみであり、それを超えた社会保障制度の抜本改革なしには財政再建のリアリティは出てきません。

 そして、安倍政権のこれまでの2年間で成長戦略や社会保障制度改革が進まなかったのは、霞ヶ関の官僚に改革意欲が一切なく、そして自民党の大半を占める族議員が改革を阻んできたからに他なりません。かつ、官邸に置かれた経済財政諮問会議や産業競争力会議という、本来は改革の司令塔となるべき会議体が、官僚の書いた筋書きどおりに何の論争もなく毎回つつがなく終わっているようでは、そうした官僚や族議員の抵抗を官邸の政治主導でぶち破れるはずがありません。

 こうした現実を考えると、今回の選挙を通じて問われるべきは、過去2年のアベノミクスの是非ではなく、その2年で実現できなかったけれどあと2年半で必ず実行しなければならない2つの改革を進める体制が本当に構築できるかの是非ではないでしょうか。

 それなしに連立与党が淡々と選挙に勝利するだけでは、官僚と族議員の抵抗、そして官邸の政治主導の欠如という選挙前と同じ体制が続き、2つの改革が進まないまま本当の意味での時間切れを迎えてしまうリスクがあるのではないでしょうか。

 そう考えると、やる意味がないように見える今回の選挙も、実は重要な意味合いを含んでいると言えます。特に野党はこの点を深く肝に命じ、正しい政策論争をしてほしいと切に願います。(ダイヤモンド・オンラインより)

 岸 博幸(きし・ひろゆき)
 昭和37年、東京都生まれ。一橋大学経済学部、コロンビア大学ビジネススクール卒。61年に通商産業省(現・経済産業省)入省 後、経済財政政策担当相、金融担当相、郵政民営化担当相、総務大臣の政務秘書官を歴任。慶応大学大学院メディアデザイン研究科教授。